フェミニスト・アート(70s)

概要

フェミニスト・アートの萌芽は1960年代から萌芽がありましたが、運動として可視化されたのは1970年代です。美術批評家ルーシー・リパードは、フェミニスト・アートを「様式でも運動でもなく、価値観、革命的な戦略、生き方」と述べています。
70年代のフェミニスト・アーティストたちは、「女性の身体」「家事や育児」「ジェンダーの役割」といった、それまで"私的なこと"として美術の外に置かれてきたテーマを作品の中心に据えました。その表現は絵画や彫刻にとどまらず、様々な表現手段を用いて拡張されていきました。

出典:wikiart
The Mythic Being: Sol’s Drawing #2 of 5
Adrian Piper(エイドリアン・パイパー)
Date: 1974

出典:Adina Rivera
Adrian Piper, Mythic Being 1973

エイドリアン・パイパーはアフロのかつら、付け髭、サングラスを身につけ、黒人男性に変装してニューヨークの街を歩きました。「私はあなたが最も憎み恐れるすべてを体現している」など、10代の日記から取った一節をマントラとして唱えながら通行人に語りかけます。同じ人間でも外見が変われば周囲の反応はどう変わるのか。この実験を通じて、人種やジェンダーに対する固定観念を可視化しました。また、男性に変装することで「黒人女性としては通常できない行動」が可能になったとパイパーは述べており、女性に課せられた規範への批評としても機能しています。

ジュディ・シカゴ

ジュディ・シカゴはアメリカのフェミニスト・アートを代表する作家で、教育者としても重要な役割を果たしました。代表作《The Dinner Party》は、三角形のテーブルに歴史や神話上の女性39人の席を設けたインスタレーションです。各席には刺繍や陶器など「女性の手仕事」で装飾された皿とランナーが置かれ、多くの皿には女性器を連想させる形が用いられています。男性中心の歴史から抜け落ちてきた女性たちを「祝宴の場」に招き直し、女性の身体を恥ではなく誇りとして提示した作品です。

出典:wikipedia
Judy Chicago The Dinner Party

出典:wikipedia
The dinner party

出典:Smarthistory
Judy Chicago, The Dinner Party

ミリアム・シャピロ

ミリアム・シャピロは「ファムージュ」と呼ばれるコラージュ作品で知られています。布、レース、刺繍、ボタンなど、伝統的に「女性の手仕事」とされてきた素材をキャンバスに貼り込み、鮮やかな色彩を重ねた華やかな画面をつくりました。近代美術が低く見てきた「装飾的」「家庭的」な要素をあえて強調し、価値の序列をひっくり返そうとしたのです。

出典:wikiart
Golden Pinwheel
Miriam Schapiro
Date: 1979

出典:wikiart
Dollhouse
Miriam Schapiro
Date: 1972

出典:wikiart
Baby Block Bouquet
Miriam Schapiro
Date: 1981

出典:wikipedia
Womanhouse
Judy Chicago and Miriam Schapiro

出典:JudyChicago PennState
Womanhouse

ジュディ・シカゴとともに手がけた《Womanhouse》(1972)では、放棄された住宅を丸ごと使い、キッチンやバスルームなど各部屋を女性の経験をテーマにしたインスタレーション空間に変えました。家庭内の役割や女性性のステレオタイプをパロディや誇張によって可視化し、問い直す試みでした。

マーサ・ロスラー

出典:MoMA
Martha Rosler
Semiotics of the Kitchen
1975

出典:Everything has its first time
Martha Rosler - Semiotics of the Kitchen 1975

出典:Minneapolis Institute of Art home
Martha Rosler Bringing the War Home

マーサ・ロスラーは、ビデオや写真コラージュを用いて家事労働やメディア表象を批判的に扱う作家です。《Semiotics of the Kitchen》(1975)では、料理番組の形式をとりながら、キッチン道具を次第に暴力的な身振りで扱い、家事を女性の"自然な役割"とみなす社会への怒りを表現しました。また《Bringing the War Home》(1967–72)では、雑誌広告にベトナム戦争の報道写真をコラージュし、快適な家庭と戦場を同じ画面に並置することで、メディアと消費社会の欺瞞を可視化しています。

ジュディ・シカゴは消された女性史と女性の身体を祝祭的にアートの中心に据え、ミリアム・シャピロは手芸や装飾を芸術として格上げし、マーサ・ロスラーはキッチンやメディアからジェンダー役割を批評しました。この運動は美術史の転換点となり、女性アーティストたちは独自の展示空間を立ち上げ、テキスタイルやパフォーマンスなど新しい素材・メディアを採用して、絵画や彫刻中心の価値観を問い直しました。その影響は1980年代以降のアイデンティティ・アートへと引き継がれています。