文化多元主義
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概要
1990年代以降、冷戦終結と市場のグローバル化、情報ネットワークの発達によって、人・モノ・イメージの移動は世界規模で加速しました。多民族都市・多文化社会が前提となるなかで、国際展も非欧米圏の作家を積極的に取り込むようになります。
この変化の象徴が、1989年にパリで開催された「大地の魔術師たち」展です。キュレーターのジャン=ユベール・マルタンは、西洋50名・非西洋50名の作家を対等に並べ、「展覧会の100%が地球の80%を無視してきた」状況を打破しようとしました。しかし、美術制度の西洋中心主義に挑んだ画期的な試みでしたが、「非西洋の作家をエキゾチックな"魔術師"として見世物にしている」との批判も浴び、文化多元主義の根本的なジレンマを浮き彫りにしました。
もう一つの転換点が、1993年のホイットニー・ビエンナーレです。人種、ジェンダー、セクシュアリティ、階級の問題を全面に掲げ、出展作家の多数を非白人やマイノリティから選出したこの展覧会は、「芸術的な質より政治的正しさを優先した」と激しく批判される一方、美術館から排除されてきた声を可視化しました。こうした制度的変動のなかで、「移民」「国境」「多文化社会」を主題とするアートが、現代アートの重要な軸として浮上しました。

出典:documenta14
The Palestinian Villages Occupied and Depopulated by Israel in 1948 (2006)
Emily Jacir(エミリー・ジャシール)
エミリー・ジャシールの本作(2001)は、1948年にイスラエルによって破壊・占領された418のパレスチナの村の名前を、難民用テントに刺繍したインスタレーションです。ニューヨークのスタジオにテントを設置し、3ヶ月にわたって140人以上がテントに名前を縫いつけました。参加者にはパレスチナ人、イスラエル人、さまざまな背景を持つ人びとが含まれ、刺繍をしながら村の記憶を語り合いました。失われた村の名前を一つずつ手作業で刻む行為そのものが、消されかけた記憶を集団で取り戻す実践であり、ディアスポラの経験を可視化する作品です。
ココ・フスコ/ギエルモ・ゴメス=ペーニャ

出典:MoMA
Two Undiscovered Amerindians Visit the West
Coco Fusco and Guillermo Gómez-Peña
本作は、架空の島から来た「未発見の原住民」に扮し、金色の檻の中でテレビを観たり、ノートパソコンを使ったりする「原住民の伝統的な日常」を演じるパフォーマンスです。マドリード、ロンドン、スミソニアン博物館など世界各地で上演され、観客の半数以上が二人を本物の先住民だと信じ込みました。一方で、スニーカーを履いた「原住民」に「本物じゃない」と指摘する観客もいました。こうした観客のリアクションそのものが、西洋社会が無意識のうちに「他者」に対して近代文明に触れていない「純粋な未開人」であることを求めている構造を浮き彫りにしました。
黄永砯(ホアン・ヨンピン)
黄永砯(ホアン・ヨンピン)は、中国で活動したのち1989年にパリへ移住した作家です。本作では、中国美術史と西洋近代美術史の教科書を洗濯機に入れて回し、どろどろの紙の塊にして展示しました。「中国美術」と「西洋美術」を別々の歴史として教えてきた制度的な区分そのものを、物理的に破壊し混ぜ合わせてしまう行為です。この作品以降も、中国・欧米・イスラーム世界のシンボルを組み合わせたインスタレーションを通じて、文化間の対立や権力関係を問い続けました。

出典:walkerart
The History of Chinese Art and A Concise History of Modern Painting Washed in a Washing Machine for Two Minutes
Huang Yong Ping
フランシス・アリス
出典:FrancisAlys
Francis Alÿs Paradox of Praxis 1 (Sometimes making something leads to nothing)
本作は、街中で大きな氷の塊を押し続け、最終的に氷が溶けて水たまりだけが残る過程を映像に記録したものです。「最大の努力が最小の結果に終わる」状況を可視化するこの作品は、ラテンアメリカの都市における日常労働や、膨大な努力にもかかわらず社会状況が変わらない現実を表しています。
出典:Public Delivery
Francis Alÿs - When Faith Moves Mountains (making of)
《When Faith Moves Mountains》では、リマ郊外の砂丘で数百人のボランティアとともに砂丘をわずかに動かすパフォーマンスを行い、フジモリ政権後の停滞した社会に対する寓話的応答として、「ほとんど何も変わらないように見える集団行為」の意味を探りました。

出典:MoMA
Francis Alÿs with Julien Devaux
Tornado
2011
出典:FrancisAlys
Francis Alÿs Don’t Cross the Bridge Before You Get to the River
ガブリエル・オロスコ
ガブリエル・オロスコの《La DS》(1993)は、フランスの名車シトロエンDSを縦に分割し、中央部分を取り除いて残り二つを接合した彫刻です。横から見ると美しい流線型のフォルムがそのまま残っていますが、正面に回るとハンドルが車体の真ん中にあり、一人しか乗れないほど細いことに気づきます。スピードと美のイメージは極限まで強調されていますが、エンジンは取り除かれており走ることはできません。力と無力、美しさと機能喪失が同居するこの作品を、オロスコ自身は「セルフポートレイト」と呼んでいます。

出典:MoMA
Gabriel Orozco. La DS. 1993
ド・ホ・ス

出典:art21
Do Ho Suh. Seoul Home/L.A. Home/New York Home/Baltimore Home/London Home/Seattle Home, 1999.

出典:TATE
Staircase-III 2010
Do Ho Suh, courtesy Lehmann Maupin Gallery, New York
出典:Tate
The Genesis Exhibition: Do Ho Suh: Walk the House | Trailer | Tate
クシシュトフ・ヴォディチコ
クシシュトフ・ヴォディチコはポーランド出身で、政治的抑圧や移民の問題を背景に、公共建築や記念碑へのプロジェクション作品を制作してきました。1990年代の一連のプロジェクトでは、歴史的モニュメントに移民やホームレス、戦争難民の顔や手、証言の映像を投影し、国家が記念碑を通じて語ってきた英雄的な歴史と、その陰で沈黙させられてきた人びとの声を、同じ場に重ね合わせる作品です。

出典:walkerart
Public Projection: Lenin Monument, Leninplatz, East Berlin, 1990
クリスチャン・ボルタンスキー
クリスチャン・ボルタンスキーは、写真や古着、名前のリストなどを使い、戦争や迫害で失われた無名の人びとの記憶を呼び起こすインスタレーションで知られます。 無数の顔写真や衣服をアーカイブのように積み上げる作品群では、ホロコーストや強制労働の歴史を暗示しつつ、特定の国家や時代を超えた暴力と追放の記憶がテーマとなっています。

出典:MoMA
Christian Boltanski
The Storehouse
1988

出典:ocula
Christian Boltanski, Personnes (Persons/Nobodies) (2010)
出典:VernissageTV
グラン・パレ・パリのクリスチャン・ボルタンスキー
このように、1990年代以降のアーティストたちは、自らの移民経験や複数の文化にまたがる背景を出発点にしながら、国境・帝国・市場・メディアといったグローバルな力の配置そのものを作品の主題としてきました。かつてアーティストは「フランス人画家」「日本人彫刻家」のように国籍で語られてきましたが、21世紀には、韓国に生まれアメリカで学びイギリスで展示する作家のように、複数の国や文化を移動しながら生きることが普通になっています。彼らの作品は、「自分は何者か」という答えを一方的に示すのではなく、その問いかけ自体を観る人と共有し、観客それぞれの経験と重ね合わせるための場を開いていると言えるでしょう。


