フェミニスト・アート(90s)

概要

出典:MoMA
Rosemarie Trockel(ローズマリー・トロッケル)
Untitled
1992

1970年代のフェミニスト・アートが女性の身体やジェンダー役割を可視化したとすれば、90年代以降の動きはより鋭い問いへと踏み込んでいきます。「イメージの世界で、女性はどう表象されてきたのか。そして、誰がその像を作り上げてきたのか」という問いです。

広告、映画、ニュース、美術の名画——私たちが「当たり前」として受け取ってきたあらゆるイメージが、長いあいだ男性中心の視線によって構築されてきた。フェミニズム理論はその構造を明るみに出し、アーティストたちはその問いを作品の核に据えました。

90年代のフェミニスト・アーティストたちは、「女性をテーマにした作品」を作るだけにとどまりませんでした。メディア画像、統計、歴史画、言語そのものを素材として、「誰が誰をどう見ているのか」「その見方を支えている構造とは何か」を、作品として提示していったのです。

出典:MoMA
Cindy Sherman
Untitled #70
1980

出典:MoMA
Cindy Sherman
Untitled #92
1981

出典:MoMA
Barbara Kruger
Rage + Women = Power, cover for Ms. magazine
January/February 1992

その最も重要な例が、シンディ・シャーマンとバーバラ・クルーガーです。シンディ・シャーマンは自らの身体で「どこかで見たことのある女性像」を演じ直すことで、そのイメージがいかに作られたものであるかを暴きました。バーバラ・クルーガーはメディア画像にテキストを重ねることで、「誰のことばで、誰の視線によって女性が語られてきたのか」を正面から問い直しました。

既存のイメージを引用・流用するアプロプリエーションの手法と、「視線」と「語り」をめぐるフェミニズムの問題意識が交差する地点に立つ彼女たちは、90年代以降のフェミニスト・アートの土台を作った存在だと言えます。

ゴリラ・ガールズ

ゴリラ・ガールズは、ゴリラのマスクで素顔を隠した匿名の集団として活動したフェミニスト・アーティストです。美術館のコレクションを調査し、「女性作家の割合は何%か」「裸で描かれた女性と、展示される女性作家の数はなぜこれほど違うのか」を統計とユーモアで可視化しました。美術館という制度そのものを問いかけた、鋭くポップな実践です。

出典:wikipedia
Guerrilla Girls!

出典:MoMA
Installation view of the exhibition "Guerrilla Girls Review the Whitney" at the Clocktower Gallery

出典:TATE
Artwork Caption
Do Women Have to Be Naked to Get Into Boston Museums?
2012, Guerrilla Girls

ルイーズ・ブルジョワ

ルイーズ・ブルジョワは、母性・家族関係・身体・トラウマをテーマに「女性の内面と記憶」を掘り下げた、フェミニズムの先駆的存在として再評価されている作家です。初期の《Femme Maison(女=家)》では、頭と上半身が家に覆われた女性像を描き、女性のアイデンティティが「家」と不可分に縛られてきた状況を可視化しました。

1989年からの《Cells》シリーズは、金網で囲われた小部屋に日用品や身体の断片を配置し、恐怖や記憶を立体空間として提示。巨大な蜘蛛の彫刻《Maman》は、脅威であり同時に保護者でもある蜘蛛を、タペストリー修復を家業とした母親のメタファーとして形にしています。女性の身体と感情を「装飾」ではなく権力と記憶が衝突する場として描いた彼女の実践は、後のフェミニスト・アーティストたちに深い影響を与えました。

出典:MoMA
Louise Bourgeois. Femme Maison. 1946-1947

出典:MoMA
Louise Bourgeois. Spider (Cell). 1997

出典:wikipedia
Maman near the Notre-Dame Cathedral Basilica. National Gallery of Canada

ナン・ゴールディン

ナン・ゴールディンは、ジェンダー・セクシュアリティ・家族暴力・ドラッグといった、「公的な美しさ」から排除されてきた現実を、自らのコミュニティの内側から記録した写真家です。代表作《The Ballad of Sexual Dependency》では、友人たちの恋愛、暴力、エイズによる死を、親密な距離で撮影しました。対象を「被害者」としてではなく「同じ世界を生きる仲間」として捉えたのです。

出典:TATE
Nan one month after being battered
1984, Nan Goldin

出典:The Museum of Contemporary Art
ナン・ゴールディン - 性的依存のバラード - MOCA U - MOCAtv
The Ballad of Sexual Dependency

出典:wikiart
Clemens, Jens and Nicolas Laughing at Le Pulp. Paris
Nan Goldin
Date: 1999

出典:wikiart
Misty and Jimmy
Nan Goldin
Date: 1980

ローナ・シンプソン

出典:TATE
Lorna Simpson
Five Day Forecast (1991)

出典:Mudam Luxembourg Musée d’Art Moderne Grand-Duc Jean
Lorna Simpson
Stereo Styles, 1988

ローナ・シンプソンは、写真とテキストを組み合わせた作品で、黒人女性の身体に貼り付けられてきたステレオタイプを問い直してきた作家です。

《Stereo Styles》(1988)は、10枚の白黒写真を横一列に並べた作品です。すべて同じ女性の後ろ姿で、それぞれ異なるヘアスタイルをしています。各写真の下には「Daring(大胆)」「Sweet(甘い)」「Country Fresh(田舎っぽい)」といった形容詞が刻まれています。一見、美容院の広告のように見えます。しかし女性の顔は一切見えない。そしてどの形容詞がどのヘアスタイルに対応しているのか、意図的にわからなくしています。髪型で人の性格やアイデンティティを決めつけようとする社会の視線を、シンプソンは「ズラし」によって無効化します。広告の形式を借りながら、あえて顔を見せないことで、「この人はこういう人だ」と決めつけさせない仕掛けになっています。

彼女の実践は、「女性」というカテゴリだけでは語れない、人種とジェンダーが交差する場所に立っています。フェミニズムとポストコロニアルな視点が重なる地点から、「誰の目線で、誰の身体が語られてきたのか」を静かに問い返す作家です。

出典:wikiart
Guarded Conditions
Lorna Simpson
Date: 1989

出典:MoMA
Lorna Simpson. Untitled. 1992

1990年代前後のフェミニスト・アートの第二波では、「女性をどう描くか」という表現の問題だけでなく、「誰が語り、誰が黙らされてきたのか」という権力構造そのものを問うアートへと展開しました。フェミニスト・アートは、「これまで他人に決められてきたイメージを、自分たちがイメージの語り手となり、表象の主導権を取り戻す」という現代アートの重要な方向性を切り開いたムーブメントだと言えます。