ポストコロニアル・アート

概要

出典:Studio Kader Attia
Axel Schneider
J’Accuse, 2016
(カデル・アティア)

20世紀後半、多くの国々が植民地支配からの独立を果たしました。しかし独立は、植民地主義の終焉を意味しません。植民地支配が残した人種差別、文化のヒエラルキー、表象の歪みは、社会構造の深部で今も機能し続けています。ポストコロニアル理論は、こうした植民地主義の文化的遺産とその人間的影響を批判的に分析する思想的枠組みです。エドワード・サイードの『オリエンタリズム』(1978)は、西洋が「東洋」をいかに異質で劣ったものとして構築してきたかを告発し、ホミ・バーバはハイブリディティ(混交性)やミミクリー(模倣)という概念で、被植民者が権力構造の内側から支配を撹乱する回路を明らかにしました。ポストコロニアル・アートは、こうした理論と共鳴しながら、植民地支配が残した分断・暴力・記憶を、民族・言語・身体・イメージのレベルで可視化する実践です。

出典:MoMA
Glenn Ligon(グレン・リガン)
Warm Broad Glow
2005

グレン・リガンの《Warm Broad Glow》(2005)は、ガートルード・スタインが1909年の小説『三つの生』で黒人女性を描写した「negro sunshine(黒人の陽光)」という言葉を、白いネオン管で巨大なサインとして構成した作品です。本作は、ネオン管の表面を黒く塗りつぶすことで、光は文字の背後から壁へと漏れ出す構造になっており、「黒人の陽光」という言葉が文字通り「黒から放たれる光」として視覚化されています。これは、当時の人種的ステレオタイプに基づく差別的な表現ですが、リガンはその言葉を文脈から切り離し、奪還します。百年前の語彙を、黒人的な喜びと抵抗の記念碑として再定義する試みです。

出典:MoMA
Wangechi Mutu
One Hundred Lavish Months of Bushwhack
2004

シュリン・ネシャット

シュリン・ネシャットの《Women of Allah》(1993–97)は、チャドル姿の女性の肌にペルシャ語の詩を書き込み、銃や弾丸を組み合わせた白黒写真シリーズです。 「服従する女性」と「革命後イランにおける女性の主体性」という矛盾した像を一枚の画面に重ね、見る者の固定した「イスラム圏の女性像」を揺さぶります。

出典:smarthistory
Shirin Neshat(シュリン・ネシャット)
Rebellious Silence, Women of Allah series, 1994

出典:Mark Kleine
Soliloquy 1999 by Shirin Neshat

フレッド・ウィルソン

フレッド・ウィルソンの《Mining the Museum》(1992)では、メリーランド歴史協会の収蔵庫から磨かれた銀の器と奴隷の足かせを同じケースに並べ、南部の豊かな暮らしが奴隷制の上に成り立っていた事実を突きつけました。インスティテューショナル・クリティークの代表例として世界的に参照されています。

出典:Maryland Center
Mining the Museum
Fred Wilson(フレッド・ウィルソン)
Date 1992-1993

ウィリアム・ケントリッジ

出典:Art21
William Kentridge: Pain & Sympathy | Art21 "Extended Play"

南アフリカ出身のウィリアム・ケントリッジの 《History of the Main Complaint》(1996)では、白人実業家ソーホー・エクスタインの夢や幻覚を通じて、加害者側の罪悪感や、歴史が簡単に「和解の物語」にはならないことを示しています。 描いては消し、また描き直す工程をそのまま撮影するため、画面には消し跡が幽霊のように残り、アパルトヘイトの暴力が制度の終焉後も社会に刻まれ続ける様子を象徴しているかのようです。

モナ・ハトゥム

出典:نهاية
Mona Hatoum ~ Measures of Distance 1988

出典:Tate
モナ・ハトゥム – 「何も終わっていないプロジェクト」 | TateShots

出典:Guardian News
Mona Hatoum Homebound

モナ・ハトゥムはレバノンで生まれ、ロンドン滞在中に内戦が勃発したため帰国できず、亡命者としてイギリスで活動を続けてきました。1990年代の映像作品《Measures of Distance》では、母親のシャワー中の写真にアラビア語の手紙を重ね、家族の親密さと戦争による離別、そしてアラビア語が西洋の観客にとって読めない「壁」となる状況を一つの画面に提示します。インスタレーション《Homebound》(1999)では、椅子や鍋といった家庭用品を金属フレームで囲い電流を流して光らせ、家庭的な空間を緊張と危険に満ちた場所へと変容させました。これらは、亡命者の視点から、「家」「身体」「言語」が政治や暴力とどのように結びついているかを問う作品です。  

エル・アナツイ

エル・アナツイ(ガーナ/ナイジェリア)は、廃棄されたリキュールボトルのキャップを何千枚もつなぎ合わせた大型の彫刻作品で知られます。 遠目には伝統的な王のマントやタペストリーのように見えるこれらの作品は、近づくと酒ブランドのロゴが連なっており、大西洋交易と植民地期の酒の流通、そして今日のグローバル資本主義の連続性を、捨てられた素材で語り直しています。 

出典:MoMA
El Anatsui. Bleeding Takari II. 2007

出典:Art21
El Anatsui: Studio Process | Art21 "Extended Play"

カラ・ウォーカー

カラ・ウォーカー(アメリカ)は、黒いシルエットの切り絵インスタレーションで、アメリカ南部の奴隷制史における人種・ジェンダー・暴力を描いてきました。 19世紀風の上品なシルエット画の形式を借りながら、レイプやリンチの場面を露わにすることで、南部ロマン主義的な物語を当事者の視点から反転させ、「見たくない歴史」を観客の想像力の中に呼び戻します。 

出典:wikiart
Gone, An Historical Romance of a Civil War as It Occurred Between the Dusky Thighs of One Young Negress and Her Heart
Kara Walker
Date: 1994

出典:wikiart
Untitled
Kara Walker
Date: 1996

出典:MoMA
Kara Walker
Shadow puppet from Testimony: Narrative of a Negress Burdened by Good Intentions
2004

インカ・ショニバレ CBE

出典:wikipedia
Nelson's Ship in a Bottle displayed on the Fourth Plinth in Trafalgar Square, London (2010)

出典:MoMA
Yinka Shonibare. How Does a Girl Like You Get to Be a Girl Like You. 1995

出典:Serpentine Galleries
Yinka Shonibare CBE: Suspended States, 2024. Installation view, Serpentine South. © Yinka Shonibare CBE 2024. Photo: © Jo Underhill. Courtesy Yinka Shonibare CBE and Serpentine.

これらの作家たちに共通するのは、特定の国や地域の物語を出発点にしながら、植民地支配・奴隷制・グローバル資本主義といった世界規模の歴史構造を問い直している点です。誰が語り、誰が沈黙させられてきたのか。その問いをアートの中心に据えることで、これまで西洋中心に構築されてきた美術史・制度・表象の規範そのものへの根本的な異議申し立てとなっています。