ビデオアート

ナム・ジュン・パイク

出典:Bele
Nam June Paik (Exposition of Music – Electronic Television)

出典:wikipedia
A TV Buddha sculpture
Nam June Paik(ナム・ジュン・パイク)

《TV Buddha》(1974)は、仏像がテレビモニターの前に座り、カメラで撮影された自分自身の姿をリアルタイムで見つめ続けるインスタレーションです。
この作品には複数の意味が重なっています。まず、瞑想や悟りを象徴する仏像と、マスメディアを象徴するテレビという、東洋の精神性と西洋のテクノロジーを真正面から向き合わせています。また、自分の映像だけを延々と見続ける仏像の姿は、現代社会の自己陶酔や、監視カメラに常に見られている状況への風刺とも読めます。

ブルース・ナウマン

出典:MattHulseFilmTheatre
Walking in an Exaggerated Manner Around the Perimeter of a Square vs 'Holy Holy' by Wye Oak

出典:Guggenheim New York
Bruce Nauman
Green Light Corridor

ジョーン・ジョナス

ジョアン・ジョナスは、鏡・カメラ・映像を使って「映された自分とは何者か」を問い続けたアーティストです。代表作《左側と右側》(1972年)では、鏡とビデオカメラの左右反転の「ズレ」を出発点に、本当の自分とは何かを映像で体験させます。身体と映像だけで自己と他者の境界を問いかける、初期ビデオアートの古典です。

出典:Lola Merlin
Joan Jonas - Leftside rightside(左側と右側)

ゲイリー・ヒル

ゲイリー・ヒルのHappenstanceでは、白黒の映像の中で、三角形や円といった基本的な図形が変容しながら、話し言葉と書き言葉が交錯します。言葉を発すれば映像が変化し、映像が揺らげば言葉の意味も不安定になる。彼はこの作品を「映像と言語のメビウスの輪」と呼びました。言葉は意味を固定できず、映像もまた意味を確定できない。ふたつは互いに影響し合いながら、絶えず変容し続けます。

出典:Dan Spegel
Gary Hill - Happenstance

1960年代後半から、テレビやビデオ機器を用いた「ビデオアート」がというジャンルが形成されました。ナム・ジュン・パイクは改造テレビや《TV Buddha》などで電子メディアを彫刻やインスタレーションとして扱う道を開き、ブルース・ナウマンはスタジオでの反復的行為や廊下状の構造とビデオを組み合わせ、身体・空間・映像の関係を探りました。映画的な物語性とは異なり、時間、ループ、フィードバック、身体とメディアの関係に焦点を当て、現代アートに映像という新たな表現手段が加わりました。