YBAs

概要

出典:wikiart
Away from the Flock
Damien Hirst
Date: 1994

1990年代のロンドンで、「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト、通称、YBA(YBAs)」と呼ばれる一群の作家たちが台頭します。YBAは、批評家やメディア、現代アート市場が、後からまとめて呼ぶようになったくくりです。彼らはロンドンの倉庫や空きビルを自ら借りて展覧会を企画し、ショッキングな作品としたたかなメディア戦略によって、短期間で国際的な知名度を獲得しました。

出典:wikipedia commons
Shaida Walking
Julian Opie(ジュリアン・オピー)

YBAの出発点として欠かせないのが、1988年にダミアン・ハースト自身がキュレーションした「Freeze」展です。この展覧会は、ロンドン・ドックランズの倉庫を会場にした自主企画展覧会で、ゴールドスミスカレッジの学生たちが中心となりました。
また、コレクターのチャールズ・サーチは1990年代にYBA世代の作品を大量に購入し、1997年にはロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで、自身のコレクションによる展覧会を開催したことによって、YBAはアート市場に本格的に組み込まれていくようになります。

ダミアン・ハースト

ダミアン・ハーストは、この世代の中核として位置づけられる作家です。代表作《The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living》(1991)は、人を飲み込めるほど大きなサメの死体をホルムアルデヒド溶液に浸し、ガラスケースに収めたインスタレーションです。「生きている者の心の中では死は物理的に不可能である」というタイトルが示すように、生きている人間は自分の死を決して体験できないというパラドックスを、かつての凶暴な捕食者が今や完全に無力な姿で目の前に浮かんでいるという光景を通じて、鑑賞者に突きつけます。

出典:wikiart
The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living
Damien Hirst
Date: 1991

出典:wikiart
God Alone Knows
Damien Hirst
Date: 2007

トレイシー・エミン

トレイシー・エミンは、自身の生い立ちや恋愛、トラウマを赤裸々に語るテキストやインスタレーションで知られます。 《My Bed》は、数日間鬱状態で過ごしたという自室のベッドを、シーツのしわや染み、空き缶やタバコの吸い殻、避妊具、下着なども含めてそのまま展示した作品で、大きなメディア騒動を引き起こしました。 個人的な崩壊の場であるベッドを公共空間に持ち出すことで、「私的」な感情と身体がどこまでアートとして晒されうるのかという問いを投げかけています。

出典:BBC
Tracey Emin
My Bed

クリス・オフィリ

出典:MoMA
Chris Ofili. The Holy Virgin Mary. 1996

《The Holy Virgin Mary》(1996)は、黒人女性として描かれた聖母マリアの周囲に、一見蝶のように見えるポルノ雑誌の切り抜きを配し、片方の露出した乳房を象の糞で形作り、絵画自体も2つの象の糞の上に立てかけて展示した作品です。オフィリ自身はこの作品を、伝統的な巨匠たちが描いてきた聖母像の「ヒップホップ版」と呼んでいます。「なぜ聖母は黒人であってはいけないのか」「なぜ伝統絵画の聖母のセクシュアリティは見過ごされ、黒人の聖母のそれだけが問題になるのか」という問いを投げかける作品です。

出典:MoMA
Chris Ofili. Untitled. 1998

出典:MoMA
Chris Ofili. Prince amongst Thieves. 1999

レイチェル・ホワイトリード

出典:wikiart
House
Rachel Whiteread
Date: 1993

レイチェル・ホワイトリードの《House》(1993)は、ロンドン東部の取り壊し予定の一軒家の内部空間をコンクリートで型取りし、家の内側をそのまま固めた巨大な彫刻として公開した作品です。公営住宅の解体が進むサッチャー/メージャー政権下の都市再開発の文脈と重ねられながら、記憶と消失、生活空間の痕跡をめぐる作品として評価されています。

マーク・クイン

出典:My Modern Met
Marc Quinn
Self

マーク・クインの《Self》(1991)は、1年かけて採取した自身の血液約5リットル、人体一人分に相当する量を頭部の型に流し込み、凍結させた自画像彫刻です。クイン自身はこの作品を「生命維持装置につながれた凍結された瞬間」と呼んでいます。電源が切れれば文字通り溶けてしまうこの作品は、アルコール依存症だった当時の自身と重ね合わせて、「何かに接続されていなければ存在し続けられない」という依存と脆さのテーマを体現しています。クインは5年ごとに新しい《Self》を制作しており、加齢による変化の記録でもあります。

ジェニー・サヴィル

出典:wikiart
Propped
Jenny Saville
Date: 1992

出典:wikiart
Reverse
Jenny Saville
Date: 2002 - 2003

ダグラス・ゴードン

ダグラス・ゴードンの《24 Hour Psycho》(1993)は、ヒッチコックの『サイコ』を音声なしで約2フレーム毎秒まで減速し、上映時間を正確に24時間に引き伸ばしたインスタレーションです。暗い部屋の中央に半透明のスクリーンで両面から投影され、鑑賞者は自由に出入りします。誰もがストーリーを知っている名作を極端に遅くすることで、鑑賞体験は「次に何が起こるか」ではなく、自分自身の記憶との照合、そして静止画の連続としての映画の物質的な構造へと向かいます。

出典:Google Arts & Culture
24 Hour Psycho
Douglas Gordon1993/1993

マーク・ウォリンジャー

マーク・ウォリンジャーの《Ecce Homo》(1999)は、ロンドンのトラファルガー広場・第四の台座に設置された等身大のキリスト像です。広場の他の3つの台座には、国王や軍司令官の巨大な銅像がそびえています。そのなかに、手を後ろで縛られ、金メッキの有刺鉄線の冠を被った処刑直前のキリストが、普通の人間と同じ大きさで静かに立っています。巨大な英雄像に囲まれた等身大の姿は、それだけで圧倒的に小さく、脆く見えます。ウォリンジャーは「イエスは抑圧された民の政治的指導者であり、これらの帝国的シンボルの前にこそ居場所がある」と語っています。権力を誇示する広場に、その権力によって殺されようとしている一人の人間を置くことで、私たちが普段見過ごしている「力と弱さ」の関係を、目に見える形で突きつけた作品です。

出典:artway
Mark Wallinger: Ecce Homo

YBAはしばしば「ショックとスキャンダルの世代」と呼ばれます。しかしその背景には、サッチャー政権下の新自由主義政策がもたらした社会格差の拡大と不確実な社会状況がありました。商業ギャラリーに相手にされなかった若いアーティストたちは、倉庫や空きビルで自ら展覧会を開くDIY的な活動から出発しました。同時に、メディアやアート市場を積極的に活用する戦略もとり、既存の体制に対抗しながらも、その体制と結びついていった点こそが、YBAを1990年代を象徴する存在にしたのです。