アプロプリエーション
目次
概要

出典:wikiart
Wrong
John Baldessari(ジョン・バルデッサリ)
Date: 1967
イメージを「盗む」時代の到来。
アプロプリエーションとは、「すでにあるイメージを盗む/借りる」ことで作品をつくる発想・技法であり、1980年代以降のポストモダン・アートを貫く重要なキーワードです。 この時代のアーティストにとっては、「ゼロからオリジナルを生む」ことよりも、「世界にあふれる既存イメージをどう使い直すか」が共通の関心になっていきました。
背景には、メディア環境の激変があります。テレビ放送の普及、カラーページ雑誌や大量の広告、ビデオや映画ソフト産業の発達によって、1980年代の都市生活は、かつてない「イメージの洪水」にさらされました。 テレビ、雑誌、広告、映画といったメディアが拡大した結果、私たちの日常空間はすでに「誰かが作ったイメージ」によって埋め尽くされていたのです。
フランスの思想家ジャン・ボードリヤールは、こうした状況を「コピーやイメージが現実を上書きする」シミュラークルの時代として論じました。 大量生産されるコピーがオリジナルの存在感を凌駕し、「現実」そのものがイメージに支配されていく時代だというわけです。 そのとき、「ゼロからオリジナルをつくる」という発想自体が幻想なのではないか、という疑問が浮かび上がります。私たちが見ているもの、感じていること、欲望までもが、すでに誰かのイメージによってかたちづくられているのではないか。こうした問いが、この時代のアートに通奏低音のように流れていました。
アプロプリエーション(流用・借用)は、こうした問いに正面から向き合う方法です。 写真や広告、美術史上の名画など、既存のイメージをほとんどそのまま、あるいは最小限の加工で取り込みながら、「オリジナルとは何か」「作者とは誰か」「イメージの権威はどこから来るのか」を問い直します。 その急進性ゆえに、著作権や所有権をめぐる訴訟に発展したアーティストも少なくありませんでした。
この発想の源流は、ピカソのコラージュにその萌芽が見られ、やがてマルセル・デュシャンのレディメイドにおいて、より明確なかたちをとります。既製品を選び、配置するだけで作品となり得るという考え方は、「ゼロから作ること」を前提としてきた従来のアートに対する根本的な挑戦でした。1960年代のポップアートは、広告やコミックのイメージを取り込むことで、この「引用」の流れを引き継ぎます。
1970年代末になると、ジョン・バルデッサリがこの方法をより意識的に発展させます。 映画のスチル写真やスナップ写真をキャンバスに貼り付け、人物の顔を色面で覆ったり、「Wrong」といったテキストを添えたりすることで、写真を「流通するイメージ素材」として扱い、言葉と組み合わせながら再構成する手法を確立しました。 こうした実践は、その後のアプロプリエーション・アートを先取りするものだったと評価されています。
そして1977年、ニューヨークのオルタナティブスペース「アーティスト・スペース」で開催された展覧会「Pictures」によって、この流れは一つのムーブメントとして可視化されます。 キュレーターのダグラス・クリンプが企画したこの展覧会に参加した作家たちは、のちに「ピクチャーズ・ジェネレーション」と呼ばれるようになりました。 彼らが共通して投げかけた問いは、「私たちはメディアが作ったイメージを、どこまで自分自身のものだと思い込んでいるのか」という問題だったのです。

出典:wikiart
Glass and Bottle of Suze
Pablo Picasso(パブロ・ピカソ)
パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックを、美術以外の文脈から素材を作品に取り入れた最初の近代画家とみなす者もいる。

出典:wikipedia
『自転車の車輪』マルセル・デュシャン

出典:wikiart
Che Guevara
Andy Warhol(アンディ・ウォーホル)
Date: 1968

出典:wikiart
Wrong
John Baldessari(ジョン・バルデッサリ)
Date: 1967
シェリー・レヴィン

出典:wikipedia
After Walker Evans: 4 (1981)
Sherrie Levine(シェリー・レヴィン)
シェリー・レヴィンは、このムーブメントを象徴するアーティストです。 代表作《After Walker Evans》(1981)では、1930年代にウォーカー・エヴァンズが撮影した写真の図版をそのまま再撮影し、自分の作品として発表しました。 制作行為は、カメラのシャッターを一度押すだけという、極めてミニマルなものです。しかしこの身振りは、「著名な男性作家の作品を、女性が奪い取る」という挑発的なジェスチャーとして受け止められました。 作者性やオリジナリティ、真正性といった価値観に疑問を突きつけると同時に、男性中心に作られてきた美術史そのものを批評する試みでもあったのです。
リチャード・プリンス

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Untitled (Cowboy)
Richard Prince(リチャード・プリンス)
Date: 1989
リチャード・プリンスは、マールボロ広告を撮り直し、文字を削ってカウボーイだけを作品化しました。これにより「作者は誰か」という問題が浮かび上がり、著作権やオリジナリティをめぐる論争を引き起こしました。
バーバラ・クルーガー

出典:wikiart
Untitled (I shop therefore I am)
Barbara Kruger(バーバラ・クルーガー)
Date: 1987

出典:wikiart
Untitled (Your body is a battleground)
Barbara Kruger
Date: 1989
バーバラ・クルーガーは、広告写真に赤い帯と白い文字を重ね、言葉で社会を批評しました。《Untitled (I shop therefore I am)》では消費社会を、《Untitled (Your body is a battleground)》では女性の身体の政治性を示し、広告の手法で広告そのものを批判しました。
シンディ・シャーマン

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Untitled Film Still #21
Cindy Sherman
Date: 1979

出典:wikiart
Untitled Film Still #35
Cindy Sherman
Date: 1979

出典:wikiart
Untitled Film Still #39
Cindy Sherman
Date: 1979
マイク・ビドロ

Mike Bidlo,
Untitled
マイク・ビドロの作品はモダニズムの巨匠作をそっくり描きつつ、自分の署名を提示することで、盗用ではなく正当なオリジナル作品として機能していると説明します。これは巨匠たちへのオマージュであると同時に、モダニズム美術史そのものを批判的に「否定しつつ継承する」行為だとされます。さらに、彼のパフォーマンスや作品の自己破壊的な側面は、デュシャン以後のレディメイドの伝統を継ぎながら、その「アプロプリエーションの慣習」すら裏切るネオ・ダダ的態度として位置づけられています。
ルイーズ・ローラー
ルイーズ・ローラーは、コレクターの家や美術館など「作品が置かれている場面」そのものを撮影し、その写真を引き伸ばしたり、トレースしたり、グッズ化したりと、何度も形式を変えて再提示することで知られます。一枚の写真そのものよりも、作品を取り巻く市場・制度・展示形式といった文脈に光を当て、フェミニズム的視点やユーモアを交えながら、「絵はどこまでが作品で、どこからが制度なのか?」という問いを突きつける実践として評価されています。

出典:MoMA
Louise Lawler: WHY
PICTURES NOW

出典:TATE
Etude pour La Lecture, 1923, This Drawing is for Sale, Paris
1985, Louise Lawler


