アートの歴史(先史〜近代までのダイジェスト)
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祈りと物語のアート:先史〜中世

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ラスコー洞窟の壁画

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アルタミラの洞窟壁画(複製)

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ロバート・コールドウェイによって復原されたイシュタル門。
メソポタミア美術

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『フネフェルのパピルス』(紀元前1275年頃)から「心臓の計量」の場面。

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“ひげのないキリスト” コンスタンティナ廟堂モザイク、 部分 4世紀なかば ローマ

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Christ Pantocrator Deesis mosaic 1280
人類の最初のアートは、洞窟壁画から始まりました。「生きるための祈り」や「共同体の儀礼」と深く結びつき、ラスコー洞窟やアルタミラ洞窟の洞窟壁画には、狩猟の成功を願うイメージや、宗教儀礼・物語・共同体の記憶装置としての機能があったとされています。
古代エジプトや、メソポタミアでは、王や神々の力を可視化するための記号的な図像が発達しました。人物は横顔と正面を組み合わせた「約束事」に従って描かれ、写実よりも「意味を正確に伝えること」が優先されました。
その後隆盛したキリスト教の美術では、ロマネスクやゴシックの教会装飾が、文字の読めない人々に聖書の物語を伝える「メディア」として機能します。モザイクやフレスコ画には神話・聖人伝説が配され、アートはほぼ完全に宗教と結びついた存在でした。
人間と世界を測り直す。ルネサンス〜バロック

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『受胎告知』 フラ・アンジェリコ 1437-46年頃、サン・マルコ美術館
ルネサンス美術

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『東方三博士の礼拝』 スクロヴェーニ礼拝堂(1305年頃)
ルネサンス美術

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『岩窟の聖母』、1483年 - 1486年、ルーヴル美術館(パリ)
ルネサンス美術

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子宮内の胎児が描かれた手稿。1510年頃、ロイヤル・コレクション(ウィンザー城)
ルネサンス美術

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『ピエタ』(1498年 - 1500年) サン・ピエトロ大聖堂
ルネサンス美術

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『ゴリアテの首を持つダヴィデ』(1609年 - 1610年) ボルゲーゼ美術館(ローマ)
バロック美術

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『フランス・バニング・コック隊長の市警団』、油彩、1642年、アムステルダム国立博物館
バロック美術

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「ぶらんこ」(1768頃、フラゴナール作)
ロココ美術

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『ポンパドゥール夫人』1756年 フランソワ・ブーシェ
ロココ美術

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『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』1801年 ジャック=ルイ・ダヴィッド
新古典主義

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『ホメロス礼賛』 1827年 ルーヴル美術館
新古典主義
14〜16世紀のルネサンスでは、人間中心主義や科学の発展とともに、世界を「正しく観察し、再現する」ことが重要テーマになっていきます。ジョットは人物や建物を立体的に描くことで平面の中に空間の奥行きを感じさせる技法を切り開き、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロは、解剖学や遠近法を駆使して、理想化された人体表現を追求しました。
17世紀のバロック時代には、光と影の強いコントラストや劇的なポーズが好まれ、観る者の感情を揺さぶることが重視されました。カラヴァッジョの強烈な明暗法や、レンブラントのダイナミックな描写は、物語のクライマックスを一瞬で伝えるような力を持っています。
18世紀には、宮廷文化と結びついたロココの華やかな装飾性と、その反動として理性を重んじる新古典主義が現れます。この頃までに各国の美術の王立アカデミーが整備され、「歴史画が最も高いジャンル」「遠近法と解剖学に基づく正しい描写」といった規範が体系化されていきました。
これまでのアートは基本的に目の前のモチーフ、風景などをリアルに描いていました。また。「権力や宗教、富裕階級のために描くアート」、つまり発注芸術が主流であり、作品のテーマも依頼者が決めたり、介入することが多い時代でした。
近代の始まり:個人の感情と視点へ(モダニズム)

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民衆を導く自由の女神(1830年、ルーヴル美術館所蔵)ウジェーヌ・ドラクロワ
ロマン主義

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『黒い犬を連れた自画像』(1842)ギュスターヴ・クールベ
写実主義

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Édouard Manet - Le Déjeuner sur l'herbe
『草上の昼食』エドゥアール・マネ
初期印象派

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マネ『アトリエ舟で描くモネ』(1874年)
印象派

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『散歩、日傘をさす女性』1875年、クロード・モネ
印象派

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『ルーアン大聖堂、日没(灰色とピンクのシンフォニー)』1892 - 94年、クロード・モネ
印象派

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『夜のカフェテラス』1888年9月
フィンセント・ファン・ゴッホ
後期印象派

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『タヒチの女(浜辺にて)』1891年。オルセー美術館。
ポール・ゴーギャン
後期印象派

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La Danse (second version), 1910
アンリ・マティス
フォービズム
19世紀に入ると、産業革命や市民革命の波がアートにも及びます。アーティストたちは「アカデミーの規範」から離れ、自分の感情や日常を直接描くようになりました。
モネの光の連作やマネの都会的な人物画は、「その瞬間」を画面に焼き付ける試み。一方でゴッホやゴーギャン、マティスは、色や形を感情のために大胆に誇張し、内面表現を前面に押し出しました。
依頼されたテーマを描く時代から、自分が表現したいものを描く時代になりました。
ピカソ以後:形態の分解と前衛の時代

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Les Demoiselles d'Avignon, Pablo Picasso, 1907
パブロ・ピカソ
キュビズム

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Georges Braque, 1909–10, La guitare (Mandora, La Mandore)
ジョルジュ・ブラック
キュビズム

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"Elasticità"(1912)
ウンベルト・ボッチョーニ
未来派

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ワシリー・カンディンスキー「Transverse Line - 横線」
抽象絵画

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ピート・モンドリアン「赤・青・黄のコンポジション」(1930年)
抽象絵画

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Glass tears
Man Ray
シュルレアリスム

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The Persistence of Memory
Salvador Dali
シュルレアリスム

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Number 3
Jackson Pollock
Date: 1949
抽象表現主義

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Mark Rothko
No. 3/No. 13
1949
抽象表現主義

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Marcel Duchamp, Fountain
マルセル・デュシャン
ダダイズム

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『自転車の車輪』
マルセル・デュシャン
ダダイズム
20世紀初頭、ピカソとブラックのキュビズムは、対象を複数の視点から分解・再構築し、「モノの見方」そのものを問い直しました。
これ以降、未来派・抽象絵画・シュルレアリスムと「イズム」が次々と登場。「美術の常識を更新し続けること」がアートの使命、つまり前衛(アヴァンギャルド)の時代に入ります。
その到達点が、ポロックやロスコの抽象表現主義です。「絵画は色と形だけに純化されるべき」という考えを極限まで押し進めました。
絵画による純粋な表現の追求、既存の表現手段の否定。そして、マルセル・デュシャンの「ものを選んで置くだけでもアートになる」というレディメイドの発想は、やがてコンセプチュアル・アートへとつながっていきます。
戦後、アートの中心はパリからニューヨークへ。ここから美術史の地図は一気に塗り替えられ、本章のテーマである現代アートが幕を開けます。
最終章につながる「長い前史」
先史から近代まで、美術史は大きく変化してきました。祈りのための壁画、宗教・権力への奉仕、世界の忠実な再現、個人の感情表現、そして形と色の純粋な探求へ。
問いは少しずつ変わっていきます。「何を描くか」から「どう描くか」へ、そして「そもそもアートとは何か」へ。
20世紀後半以降のポストモダンアートは、この問いをさらに押し進め、アートという概念そのものを問い直し、さらに表現手段やコンセプトを拡張する時代に突入します。


