インターネット・アート

概要

1990年代半ばには、インターネット自体を表現の場とする「net.art」が登場しました。JODI、ヴーク・チョシッチ、アレクセイ・シュルギンらは、HTMLやブラウザの仕組み、エラーなどを作品に取り入れ、ウェブ上で新しい表現を展開しました。

ヒト・シュタイエル

出典:Lekelly99
How Not To Be Seen: A Fucking Didactic Educational .MOV File

出典:TATE
Hito Steyerl – 'Being Invisible Can Be Deadly' | TateShots

ヒト・シュタイエルの《How Not to Be Seen: A Fucking Didactic Educational .MOV File》(2013)は、監視社会で「見えなくなる方法」を教える教育ビデオの形をとった映像作品です。軍用航空写真の調整に使われたカリフォルニア砂漠の標的跡を舞台に、画面から消える、ピクセルより小さくなるなど、現実には不可能な方法をユーモラスに紹介します。高度な監視技術によって人々が常に見られる社会と、その一方で社会から見えなくされる人々の存在を扱った作品です。

ライアン・トレカーティン

ライアン・トレカーティンの《I-Be Area》(2007)は、派手なメイクや衣装の登場人物が、早口の会話や映像チャットのようなやり取りを繰り広げる映像作品です。高速の編集や加工された声、デジタル映像を使い、クローンや仮想的な人格、性別を越えたキャラクターなどを描きました。インターネットによって一人の人間が複数の自分を持ち、アイデンティティを作り変えていく状況を表現しています。

出典:AAAAAAAAAA42
I-Be Area (Full movie)

アメリア・ウルマン

アメリア・ウルマンの《Excellences & Perfections》(2014)は、Instagram上で約5か月間行われたパフォーマンスです。ウルマンは3つの女性像を演じ、恋愛や美容整形、挫折、再生などの架空の生活を、本当の出来事のように投稿しました。作品を通して、SNS上でつくられる女性らしさや自己演出、イメージによって他者を信じ込ませる仕組みを探りました。

出典:BBC
The Instagram artist who fooled thousands

ペトラ・コートライト

出典:MoMA
Petra Cortright
VVEBCAM
2007

出典:petra cortright
sickhands

出典:petra cortright

コーリー・アーカンジェル

コーリー・アーカンジェルの《Super Mario Clouds》(2002)は、ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』のカートリッジを書き換え、キャラクターや地形を消して空と雲だけがゆっくりスクロールする画面にした作品です。本作は、馴染み深いゲーム画面から「プレイ」や「目的」が取り除かれることにより、デジタル世界のインターフェースと、それにまつわる記憶やテクノロジー文化そのものを、少し離れた視点から見直させる作品です。

ジョン・ラフマン

出典:Google Arts & Culture
Jon Rafman, Nine Eyes of Google Street View (River Rd, Castelton-On-Hudson, New York)
Jon Rafman2013 - 2014

インターネットが日常生活の一部になると、アーティストたちはネット上の画像や映像、SNS、ゲーム、ソフトウェアなどを作品の題材にするようになりました。ヒト・シュタイエルは監視と「見える/見えない」の問題、アメリア・ウルマンはSNS上の自己演出、ライアン・トレカーティンはネットによって変化するアイデンティティを扱っています。ペトラ・コートライトはウェブカメラやデジタル・エフェクト、コーリー・アーカンジェルはゲームのプログラム、ジョン・ラフマンはGoogle Street Viewの画像を作品に取り入れました。

こうした作品は、インターネットを制作の道具として使うだけでなく、デジタル技術によって私たちの見方や自己像、日常生活がどう変化しているのかを考える現代アートです。