ポストモダンアート(総論)
ここでは、1960年代から2000年代以降までのポストモダンアートの流れをかんたんに振り返ります。

出典:ocula
Christian Boltanski, Personnes (Persons/Nobodies) (2010)
モダニズム以後のアートは、キャンバスの絵や彫刻など、目の前にある物質的な媒体の造形をいかに追求するかが中心でした。しかしやがて、見た目やスタイルよりも「何を意味するか」「なぜこれがアートなのか」というコンセプトへと重心が移っていきます。そこからさらに、身体や場、時間、アイデンティティ、ネットワークへと、アートの領域は拡張されていきました。
この多様性、表現手段の拡張がポストモダンアートないし、現代アートの特徴と言えるでしょう。
Table of Contents
1960s

出典:wikiart
Campbell's Soup Cans
Andy Warhol
Date: 1962
アンディ・ウォーホル《キャンベルスープ缶》

出典:wikipedia
Joseph Kosuth
One and Three Chairs (1965)
ジョセフ・コスース《ひとつと三つの椅子》
ウォーホルの《キャンベルスープ缶》は、スーパーの棚にある日用品をそのまま作品にすることで、「高尚な芸術」と「日常のモノ」の境界を崩しました。コンセプチュアル・アートでは、見た目の美しさよりも、社会や制度に潜む構造を暴いたり、アイデアを視覚化することが重視されます。コスースの《ひとつと三つの椅子》は、実物・写真・辞書の定義を並べることで、「椅子とは何か」「表象とは何か」を問い、モノの見方そのものを問い直した作品です。
1970s

出典:wikipedia
ロバート・スミッソン

出典:wikipedia
Christo and Jeanne-Claude(クリスト&ジャンヌ=クロード)
The wrapped bridge, September 1985
1970年代では、アートの舞台が「場所・時間・身体」へと拡張されます。
ランドアートやサイトスペシフィック・アートでは、「どこに置かれるか」「どんな場で体験されるか」が作品の核になりました。ロバート・スミッソンがユタ州の塩湖に巨大な螺旋状の突堤を築いた《スパイラル・ジェッティ》(1970)は、美術館の外の自然環境そのものを舞台にした代表例です。クリストとジャンヌ=クロードの梱包プロジェクトも、完成した物体だけでなく、資金調達などの準備・交渉・制作・解体のプロセス全体が作品として機能しました。
アートはキャンバスから解放され、「行為」と「プロセス」がつくる体験の連続として捉え直された時代です。ヨーゼフ・ボイスはこうした制作スタイルを「社会彫刻」と呼びました。これは、アートはキャンバスの上だけに表現されるものではなく、社会そのものをキャンバスに見立て、人々の行為や対話、思考までもが彫刻になり得るという考え方です。
1980s

出典:wikiart
Untitled #92 (Centerfold)
Cindy Sherman(シンディ・シャーマン)
Date: 1981

出典:wikiart
Abbraccio
Francesco Clemente(フランチェスコ・クレメンテ)
Date: 1983
ネオ・エクスプレッショニズム

出典:wikipedia
Luc Tuymans(リュック・タイマンス)
Der diagnostische Blick IV, 1992
ニュー・フィギュラティブ・ペインティング
1980年代では、「イメージの氾濫」とどう向き合うかがテーマになります。
テレビ・広告・雑誌・映画に囲まれた社会では、私たちはすでに「誰かが作ったイメージ」を通して世界を見ています。現実よりもイメージが先行するこの状況を、哲学者ボードリヤールは「シミュラークル」と呼びました。
シンディ・シャーマンの《無題フィルム・スティル》(1977〜80)は、1950〜60年代の映画に登場しそうな女性像を自ら演じて撮影したシリーズです。特定の映画の場面を再現したわけではなく、「どこかで見たことがある女性像」を反復することで、「女性らしさ」がいかにメディアによって作られたイメージであるかを暴き出しました。
一方、ネオ・エクスプレッショニズムやニュー・フィギュラティブ・ペインティングは、ミニマリズムやコンセプチュアル・アートへの反動として絵画を復権させ、過去の図像や神話を引用しながら感情や物語性を画面に取り戻そうとしました。ベルギーのリュック・タイマンスは、ニュース写真や歴史的記録などを曖昧でくすんだ色調の絵画に置き換えることで、記憶や歴史が時間とともに歪み、薄れていくプロセスそのものを可視化しています。
1990s

出典:MoMA
Catherine Opie
Dyke
1993

出典:wikiart
Gone, An Historical Romance of a Civil War as It Occurred Between the Dusky Thighs of One Young Negress and Her Heart
Kara Walker
Date: 1994
1990年代では、フェミニスト・アート、クィア・アート、ポストコロニアル・アートが、ジェンダーやセクシュアリティ、人種、植民地主義の歴史を可視化します。
カラ・ウォーカーは1990年代中頃から、黒い切り紙のシルエットを使った大規模なインスタレーションで注目を集めました。アメリカの奴隷制や人種差別の歴史を、壁一面に広がるシルエットで描き出すことで、「誰の視点で歴史が語られてきたのか」を鋭く問い直しています。 アートは「誰が、どの立場から語っているのか」という問いが重要になり、個人の経験と社会の構造、ローカルな物語とグローバルな力学がぶつかり合う場になっていきます。
2000s

出典:MoMA
Petra Cortright
VVEBCAM
2007
出典:The Museum of Contemporary Art
Swoon's Konbit Shelter - Art in the Streets - MOCAtv Ep. 7
2000年代以降のアートは、地球規模のネットワークの中で再編されます。 メディアアートやポスト・インターネット・アートは、デジタルデータやオンライン空間の中で、私たちがどのように存在しているのかを可視化します。
ペトラ・コートライトの映像作品は、ウェブカメラやデジタルエフェクトを用いて、自身の身体とネット上のインターフェイスの関係を軽やかに示します。ソーシャルプラクティスやコミュニティアートでは、鑑賞者や地域の人々がプロジェクトの参加者となり、作品自体が一時的な共同体や対話の場として立ち上がります。Swoon(スウーン)は、被災地での共同制作などを通じて、人々の出会いや支え合いの関係そのものを作品として浮かび上がらせます。こうして、人と人とのコミュニケーションや関係性の変化そのものが、作品の中心に据えられるようになりました。
総論
現代アートは「一つの正しい見方」を示す場ではなく、メディアやテーマを拡張しながら、世界のさまざまな経験や価値観を一緒に見渡すためのプラットフォームへと変化してきました。
一つひとつの作品は、その時代の社会、技術、政治、個人の経験が重なり合う「問いの集まり」であり「世界はどう見えるのか」という根本的な疑問に向き合うための試みです。現代アートを前にしたとき、私たちは正解を当てる必要はありません。
「この作品は、どんな前提や見方をゆさぶろうとしているのか」「何を考えさせようとしているのか」を問うこと、考えることが、鑑賞の醍醐味であり、はじまりになります。

