ポストモダンのはじまり
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「大きな物語」が信じられなくなった

出典:MoMA
Ad Reinhardt(アド・ラインハート)
Abstract Painting
1963

出典:wikipedia
ジャン=フランソワ・リオタール
近代以降、「芸術はどんどん純粋になる」「前衛がアートの歴史を前に進める」といった、進歩の物語がありました。ところが、二度の世界大戦やホロコースト、冷戦、植民地支配の歴史が見えてくるにつれ、「唯一の正しい歴史の方向」が疑われ始めます。
ジャン=フランソワ・リオタールは、ポストモダンを「大きな物語への不信」と定義し、「歴史は必ず進歩する」といった普遍的なストーリーが信じられなくなった状態だと説明しました。この変化はアートにも波及し、モダニズムの一本筋の歴史では説明しきれない、多様で矛盾を孕んだ表現が、当然のものとして受け入れられるようになっていきます。ここからがいわゆる現代アートの始まりです。
スタイルより「コンセプト」と「文脈」

出典:wikipedia
Joseph Kosuth(ジョセフ・コスース)
One and Three Chairs (1965)
コンセプチュアルアート

出典:wikipedia
Condensation Cube, (1963-1965)
Hans Haacke(ハンス・ハーケ)

出典:wikipedia
Brillo-Boxes-by-Andy-Warhol
アンディ・ウォーホル
1960年代以降のコンセプチュアル・アートを経て、作品は見た目よりもアイデアやテーマで評価されるようになりました。ジョセフ・コスースやハンス・ハーケの作品は、背後にある歴史や制度批判のコンセプトを知って初めて意味をなします。
美術批評家アーサー・C・ダントーは、ウォーホルの《ブリロ・ボックス》を例に、アートとそうでないモノの違いは見た目ではなく「文脈」にあると論じました。スーパーの倉庫にある箱も、ギャラリーに置かれれば美術史・批評の文脈の中でアートとして成立する。現代アートは、この「文脈と解釈」を前提に動いています。
「ポストヒストリカル」な多元状態へ

出典:wikipedia
アテナイの学堂
ラファエロ・サンティ
1509年 – 1510年

出典:wikipedia
Rothko chapel 1971
Mark Rothko(マーク・ロスコ)

出典:wikiart
Snapchat: Augmented Reality World Lenses
Jeff Koons
Date: 2017
ダントーは「芸術の歴史的な物語は終わった」と述べました。芸術そのものが死んだのではなく、ルネサンスからモダニズムまで続いた「一方向への進化の物語」が完結した、という意味です。
彼はその後の時代を「ポストヒストリカル」と呼びます。唯一の正解スタイルが存在しない時代。抽象も具象も、絵画も映像も、どれが「次の必然」として優位に立つわけでもなく、複数のスタイルが対等に共存する。この多元的な状態が、現代アートの前提です。
引用・コピー・キッチュの受容

出典:wikipedia
After Walker Evans: 4 (1981)
シェリー・レヴィン

出典:wikiart
Untitled (Cowboy)
Richard Prince
Date: 1989

出典:wikiart
3-Meter Girl
Takashi Murakami
Date: 2011

出典:wikiart
Hulk (Tubas)
Jeff Koons
Date: 2004 - 2018; United States
ポストモダンのアーティストたちは、「ゼロからオリジナルを作る」ことより、「すでにあるイメージを借りてくる」ことを選びました。シェリー・レヴィンはウォーカー・エヴァンズの写真を再撮影してそのまま自作として発表し、リチャード・プリンスは広告写真をそのまま提示する。こうしたアプロプリエーション・アートは、「作者とは誰か」「オリジナルとは何か」という前提を根本から揺さぶります。
同じ時期、消費社会の商品やイメージをそのまま作品として提示するシミュレーショニズムも登場。村上隆やジェフ・クーンズは、大量生産されたキャラクターや商品をキッチュとして取り込み、「高級美術=良い/大衆文化=低い」という古い序列を崩しました。
多様なアイデンティティと政治性

出典:TATE
Artwork Caption
Do Women Have to Be Naked to Get Into Boston Museums?
2012, Guerrilla Girls
フェミニスト・アート

出典:The David Wojnarowicz Foundation
Silence = Death
クィア・アート

出典:MoMA
El Anatsui. Bleeding Takari II. 2007
ポストコロニアル・アート
現代アートは、「誰が語っているのか?」という問いに敏感になりました。 フェミニスト・アート、クィア・アート、ポストコロニアル・アートなどは、「西洋・男性・白人中心の美術史」の外側から、ジェンダー、セクシュアリティ、人種、植民地主義の問題を可視化します。
作品のスタイルや技術よりも、「どの立場から、どんな権力構造に対して語っているのか」が評価の大きな軸になります。1990年代以降のコンテンポラリーアートは、このアイデンティティと政治性の問題を避けて通れません。
ポストモダンアートは、モダニズム的な進歩の物語への不信から始まり、ポストヒストリカルな多元状態に立っています。 スタイルよりアイデア・文脈・政治性・アイデンティティを重視する姿勢、オリジナル/コピー、高級/大衆、アート/日常の境界をずらす実践、「誰が、どこから語っているか」を問う視点、といった特徴を持っています。

