巨大なカンバスに浮かぶ、霞んだ色の矩形。
近づくと、色彩の中に呑み込まれる。
マーク・ロスコ(1903〜1970)は、戦後アメリカ美術を代表する画家のひとりです。
その作品は、抽象表現主義のもう一つの極、「カラーフィールド絵画」と呼ばれます。
目次
ロスコの生涯
ロシアからアメリカへ
- 1903 年: ロシア帝国(現ラトヴィア)の都市ドヴィンスクに生まれる
- 本名マルクス・ロトコヴィッチ
- 1913 年: 家族でアメリカ・ポートランドに移住
- 1921 年: イェール大学に入学(中退)
ニューヨークでの初期
- 1925 年: ニューヨークに移り、絵を本格的に学ぶ
- 初期は具象の風景・人物
- 1930〜40 年代、神話・シュルレアリスムの影響を受ける
カラーフィールド絵画の確立
- 1947〜49 年: 具象を完全に放棄、「マルチフォーム」期
- 1949 年以降: 二〜三つの矩形が浮かぶ典型的様式が完成
- 1950〜60 年代、国際的評価を確立
- 1970 年: ニューヨークのアトリエで自死
抽象表現主義の二つの極
戦後のニューヨーク派は、大きく二つの傾向に分けられます。
アクション・ペインティング
- ジャクソン・ポロック、デ・クーニング
- 身体的行為としての絵画
- 動的な線・しぶき・身振り
カラーフィールド絵画
- ロスコ、ニューマン、スティル
- 静的・瞑想的な大画面
- 色面の広がりが主題
ロスコは、絵画から動きを取り除き、純粋な「色の場」を提示しました。
ロスコの様式的特徴
大画面
- 2〜3 メートル四方の巨大カンバス
- 「観者を包み込む」スケールを意図
- 「親密さの絵画」と本人は呼ぶ
霞んだ矩形
- 2〜3 個の長方形が宙に浮かぶ
- 輪郭はぼかされ、地と図の境界が溶ける
- 背景色がやや異なり、相互に滲み合う
色の重ね塗り
- 薄い油彩を何層も重ねる
- 顔料・卵・卵黄・固形樹脂などを混ぜた独自の媒材
- 色が内側から発光するような効果
近距離で見る絵画
- 展示距離 45cm を理想とした
- 視野いっぱいに色が広がるよう設計
- 「絵画と観者が一対一で対峙する」体験
代表作
赤の上のオレンジと黄(1956)
- オルブライト=ノックス美術館(バッファロー)
- 暖色系カラーフィールドの典型
ホワイトセンター(1950)
- 2007 年オークションで 7280 万ドルで落札
- 当時の戦後絵画の最高価格
シーグラム壁画(1958〜59、未設置)
- ニューヨーク・シーグラム・ビル「フォー・シーズンズ」レストランへの依頼
- 暗い赤褐色の連作
- ロスコは商業空間に違和感を覚え、最終的に撤去
- 現在テート・モダン(ロンドン)に分散所蔵
ロスコ・チャペル(1971、ヒューストン)
- ロスコ最後の大作
- 八角形の礼拝堂に 14 枚の暗紫・黒の絵画
- 無宗派の瞑想空間として現在も公開
- 20 世紀宗教美術の重要作とされる
ロスコの言葉
ロスコは絵画を「形式」ではなく「経験」として語りました。
- 「私の絵に共感して泣く人は、私が描いたときと同じ宗教的体験をしている」
- 「私は色彩の関係に興味はない。悲劇・恍惚・運命など根源的な人間感情を描いている」
- 「絵画は見るものではなく、出会うもの」
晩年と自死
- 1968 年に大動脈瘤を発症
- 大画面が描けなくなる
- 晩年は黒・茶・灰の暗色作品が中心
- 1970 年 2 月 25 日: ニューヨークのアトリエで自死
後世への影響
- カラーフィールド第二世代:ヘレン・フランケンサーラー、モリス・ルイス
- ミニマリズムへの橋渡し
- 抽象絵画の精神性を 20 世紀後半まで延命
- 映画・写真・建築の参照対象
主な所蔵先
- MoMA(ニューヨーク)
- テート・モダン(ロンドン)
- ロスコ・チャペル(ヒューストン)
- ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン DC)
- 川村記念美術館(千葉、ロスコ・ルームを所蔵)
まとめ|ロスコを読む視点
- 色彩の関係ではなく、根源的人間感情の絵画化
- 抽象表現主義のもう一つの極、瞑想と崇高のカラーフィールド
- 大画面と発光する色面で、観者を包む経験を設計した

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