ニューヨーク近代美術館(MoMA)とは
ニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, MoMA)は1929 年に 近代・現代美術を専門に扱う世界初の美術館として創立された。ニューヨーク市マンハッタン中心部に位置し、絵画・彫刻・写真・建築・デザイン・映像・パフォーマンスを横断的に収蔵する。所蔵品は約 20 万点、企画展や常設展示の編集力で 20 世紀美術の評価軸そのものを作ってきた美術館である。
初代館長アルフレッド・H・バーJr. が 1936 年に発表した系統樹「キュビズムと抽象芸術」は、20 世紀美術の流れを「キュビスム→構成主義→幾何抽象/表現主義→抽象表現主義」という現在の教科書的理解の骨格として定着させた。
収蔵分野とハイライト
| 分野 | 主な作家/作品 |
|---|---|
| 後期印象派〜キュビスム前夜 | ゴッホ「星月夜」、セザンヌ「水浴」、ルソー「夢」 |
| キュビスム | ピカソ「アヴィニョンの娘たち」、ブラック「ポルトガル人」 |
| 未来派・構成主義 | ボッチョーニ、マレーヴィチ「白の上の白」 |
| 表現主義・幾何抽象 | キルヒナー、モンドリアン「ブロードウェイ・ブギウギ」 |
| シュルレアリスム | ダリ「記憶の固執」、マグリット、ミロ |
| 抽象表現主義 | ポロック「One: Number 31」、ロスコ、デ・クーニング |
| ポップアート以降 | ウォーホル「キャンベルのスープ缶」、リキテンスタイン、ジョーンズ、リクター |
| 写真/映像/デザイン | カーティエ=ブレッソン、エヴァンズ、ベッヒャー、ヘルムート・ヤン、フランク・ロイド・ライト |
必見の代表作
1. ゴッホ「星月夜」
サン・レミの療養院で 1889 年に描かれたゴッホ後期の決定版。星月夜の構図と渦巻きで技法と精神状態の関係を読み解いている。
2. ピカソ「アヴィニョンの娘たち」(1907)
キュビスムの起点とされる作品。アフリカ仮面の影響と多視点合成の宣言で、20 世紀絵画の方向を決定づけた。ピカソとキュビスム革命と合わせて読みたい。
3. ダリ「記憶の固執」(1931)
とろける時計のシュルレアリスム代表作。記憶の固執の読み解きでフロイト理論と絵画の関係を解説している。
4. ポロック「One: Number 31」とロスコ
抽象表現主義の頂点が同フロアに並び、戦後アメリカ美術の覇権をビジュアルで体験できる。ポロックとアクション・ペインティングを参照。
5. ウォーホル「キャンベルのスープ缶」「Marilyn Diptych」
ポップアートを定着させた作品群。ウォーホルとポップアート革命、およびキャンベルのスープ缶の意味を併読すると、複製と消費社会のテーマが立体的になる。
建築の歴史
- 1939 年: グッドウィン&ストーンによるインターナショナル・スタイル本館
- 1984 年: シーザー・ペリによる増築(ガラスのアトリウム)
- 2004 年: 谷口吉生による全面改築。中央彫刻庭園とガラスの大階段
- 2019 年: ディラー・スコフィディオ+レンフロによる拡張で展示面積が約 30% 増加
建築自体が「ホワイトキューブ」モデルの実験場であり続け、世界の美術館建築に影響を与えた。
鑑賞の戦略
- 所要時間の目安: ハイライトのみで 2.5 時間、写真・映像・デザインを含めると 1 日
- 動線: 5 階(1880〜1940 年)→ 4 階(1940〜1970 年)→ 2・3 階(現代)と上から降りる順が時系列に沿う
- 混雑回避: 木曜は無料時間帯(UNIQLO Free Friday Nights)の影響で混む。土日午前と火曜の朝が比較的空く
- 常設+企画展: 常設のレイアウトは数年ごとに大胆に組み替えられる。同じ「ピカソ vs マティスの部屋」でも訪れるたびに対比軸が変わる
美術史における MoMA の役割
MoMA は 「現代美術を歴史化する」最初の美術館であり、いま私たちが当然のように使う「印象派から抽象表現主義への流れ」「ポップアートの登場」といった枠組みは、MoMA の展示・カタログ・教育プログラムによって作られた側面が大きい。ルーヴルやウフィツィが「過去を保存する場」だとすれば、MoMA は 「現在を選別して未来に渡す場」として 20 世紀後半以降の批評枠組みを担ってきた。
創立の経緯と初代キュレーターたち
MoMA は 1929 年 11 月、世界恐慌の直前に 3 人の女性(リリー・P・ブリス、メアリー・クイン・サリヴァン、アビー・オルドリッチ・ロックフェラー)の私的コレクションを核として創立された。当初の住所はマンハッタン 5 番街のヘックシャー・ビル 12 階で、わずか 6 室の展示空間からスタートしている。初代館長アルフレッド・H・バーJr. はハーバード大学で教育を受けた美術史家で、20 代後半でこの大役を引き受け、絵画・彫刻だけでなく 建築・デザイン・写真・映画・素描・版画を一つの美術館に統合する独自の構想を打ち出した。この「ジャンル横断型ミュージアム」の発想こそが、現代美術館のグローバルスタンダードとなる。
注目すべきコレクションと教育プログラム
- 「アヴィニョンの娘たち」(ピカソ)と「星月夜」(ゴッホ)の同居: 一館で 19 世紀末から 20 世紀キュビスムへの跳躍を体感できる構成は、世界の美術館で唯一無二
- 建築・デザイン部門: ミース・ファン・デル・ローエの椅子、ジェット機の着陸ギア、PlayStation 1 のコントローラまでを所蔵し、デザインを 20 世紀の主役として扱う
- 映画部門: 1935 年に Film Library を設立し、世界初の系統的な映画アーカイブとなった。約 30,000 本のフィルムを所蔵
- MoMA Education: 学校団体・成人・子ども・教員向けの教育プログラムが充実し、年間 20 万人以上の参加者を集める
- MoMA PS1: クイーンズの分館。実験的な現代アートの紹介に特化し、Warm Up や PS1 Sunday Sessions などのプログラムで若手作家を発掘してきた
20 世紀美術の正典化とその批判
MoMA が編集した「20 世紀美術の正典」は強力である一方で、白人男性作家中心・欧米中心という構造的偏りが繰り返し批判されてきた。1985 年の Guerrilla Girls による「Do women have to be naked to get into the Met. Museum?」批判は MoMA を含む欧米主要館に向けられたもので、その後ヨーコ・オノ・草間彌生・カラ・ウォーカー・ケリー・ジェイムズ・マーシャルらの大型回顧展や、2019 年改装後の 女性作家・非欧米作家の常設組み込みへと繋がっている。「正典の更新」もまた MoMA が引き受け続ける作業である。
MoMA の 5 大企画展(戦後)
| 年 | 展覧会 | 意義 |
|---|---|---|
| 1955 | 「The Family of Man」 | エドワード・スタイケン企画。世界 68 ヶ国 273 人の写真家による人間像。写真展としては史上最大の動員 |
| 1972 | 「Italy: The New Domestic Landscape」 | 戦後イタリアのデザインと家具を現代美術として捉え直す |
| 1980 | 「Picasso: A Retrospective」 | ピカソ生誕 100 年に向けた史上最大級の回顧展。約 1,000 点 |
| 1996 | 「Jasper Johns: A Retrospective」 | 戦後アメリカ美術の正典を再確認 |
| 2010 | 「Marina Abramović: The Artist Is Present」 | パフォーマンス・アートを美術館の中心に置いた歴史的事件 |
これらの展覧会はそれぞれ「写真・デザイン・回顧展・パフォーマンス」というジャンルを 美術館展示の正統な形式として定着させ、世界中の美術館がその後追随した。
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続けてピカソとキュビスムとポップアート革命を読むと、MoMA が編集してきた「20 世紀美術の物語」の骨格が一望できる。
