知識ゼロからの美術鑑賞プログラム→

現代(戦後〜)– category –

西洋美術現代(戦後〜)

戦後西洋現代美術とは:1945 年以降、重心はパリからニューヨークへ

第二次世界大戦の終結を境に、西洋美術の重心はパリからニューヨークへ移動した。ヨーロッパから亡命してきたモンドリアン、デュシャン、エルンストらが若いアメリカ作家を刺激し、1947 年頃からの抽象表現主義を皮切りに、戦後アメリカ美術が世界の前衛を担うことになる。

本サイトの戦後現代西洋美術カテゴリは、抽象表現主義・カラーフィールド・ポップアート・ミニマリズム・コンセプチュアル・アート・ニュー・ペインティング・ストリートアートの七つの潮流を、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、ベルリンの四拠点を軸に整理する。

主要トピック:6 つの潮流

1. 抽象表現主義(1947〜1960 年代)

戦後ニューヨーク派の始まりは、ポロックのアクション・ペインティング「ナンバー 1A」(1948)に象徴される。ドリッピングで描かれた巨大画面は、ヨーロッパのキュビスム的構図観を根本から否定し、絵画行為そのものを主題にした。

カラーフィールドのロスコ「シーグラム壁画」は、巨大な色面で観者に崇高の感覚を強いた。デ・クーニング、フランツ・クライン、ニューマン、スティル、マザーウェルが同時代を構成した。エドワード・ホッパーは抽象表現主義の隣で、20 世紀アメリカ写実の頂点を維持した。

2. ポップアート(1956〜1970 年代)

1956 年ロンドンのリチャード・ハミルトン「一体何が今日の家庭をこれほど変え、魅力的にしているのか」がポップアートの出発点。アメリカではウォーホルのポップアート革命「マリリン・モンロー」「キャンベルのスープ缶」(読み解き参照)が、大量消費社会のイメージを絵画化した。

リキテンスタインの漫画絵画「ヒロシマ」「Whaam!」、ウォーホルのシルクスクリーン量産は、絵画の手仕事性そのものを問うた。ロサンゼルスではデイヴィッド・ホックニーがプール越しの光を、エド・ルシェがテキスト絵画を確立した。

3. ミニマリズム(1960 年代)

ミニマリズムは、ドナルド・ジャッド「特定的物体」(1965)、ロバート・モリス、カール・アンドレ、ダン・フレイヴィン(蛍光灯)、ソル・ルウィット(壁画)が、彫刻と絵画の境界を解体した。「ホールであること」「シリーズ的反復」「工業材料」が三本柱。

4. コンセプチュアル・アート(1965〜)

「アイデアこそが作品」(ソル・ルウィット)の理念が結晶したコンセプチュアル・アートは、ジョセフ・コスース「一つにして三つの椅子」、オン・カワラの日付絵画、ローレンス・ウィーナーのテキスト作品が代表。物質的作品でなく、概念・指示・記録を作品とする。

5. ニュー・ペインティング/ニュー・エクスプレッショニズム(1980 年代)

1980 年前後、絵画への回帰として、ドイツのキーファー、バゼリッツ、リヒター、イタリアのクレメンテ、フランチェスコ・クレメンテ、アメリカのバスキア、ジュリアン・シュナーベル、エリック・フィッシュルが台頭した。バスキアは SAMO のグラフィティから出発し、わずか 27 年で世界最高額作家となった。

6. ストリートアート・ポスト 2000

1980 年代キース・ヘリング、2000 年代のバンクシーとストリートアートが、美術館外部の都市壁面を主舞台にした批評的実践を確立した。並行して、ダミアン・ハーストの「サメのホルマリン漬け」、ジェフ・クーンズのバルーン彫刻、村上隆「スーパーフラット」、ヴォルフガング・ティルマンスの写真など、グローバル化したアートマーケットが新たな前衛のあり方を再定義した。

代表作家と代表作

作家運動生没代表作
ポロック抽象表現主義1912-1956「ナンバー 1A」「秋のリズム」
ロスコカラーフィールド1903-1970「シーグラム壁画」「ロスコ・チャペル」
デ・クーニング抽象表現主義1904-1997「女 I」
ホッパーアメリカ写実1882-1967「ナイトホークス」「日曜日の朝」
ラウシェンバーグネオダダ1925-2008「モノグラム」
ジャスパー・ジョーンズネオダダ1930-「旗」「標的」
ウォーホルポップアート1928-1987「マリリン・モンロー」「キャンベルのスープ缶」
リキテンスタインポップアート1923-1997「Whaam!」「ヒロシマ」
ジャッドミニマリズム1928-1994「特定的物体」連作
ソル・ルウィットコンセプチュアル1928-2007「壁画」連作
コスースコンセプチュアル1945-「一つにして三つの椅子」
バスキアニュー・ペインティング1960-1988「無題」(頭蓋骨シリーズ)
キーファーニュー・エクスプレッショニズム1945-「マルガレーテ」
バンクシーストリートアート1974?-「風船と少女」「裁断された絵画」
ハーストYBA1965-「生者の心における死の物理的不可能性」

技法・特徴

  • 巨大画面:1948 年以降の抽象表現主義は、画家の身体を画面に対置させる規模(高さ 2-3 m)が標準。
  • シルクスクリーン量産:ウォーホルのファクトリー以降、絵画は手仕事ではなく工房的・産業的生産行為として再定義された。
  • 工業素材:ミニマリズムが鋼板・アルミ・蛍光灯・煉瓦を彫刻に持ち込み、芸術と工業の境界を解体。
  • テキスト・指示書:コンセプチュアル・アートが、言葉そのものを作品に格上げした。
  • ステンシル・グラフィティ:バンクシーらが街路の壁面で匿名性と量産を両立した。
  • ホルマリン・素材実験:YBA とポスト 2000 が、生物標本や工業薬品を直接作品の媒材にした。

影響と後世への継承

戦後西洋現代美術は、現在進行中のグローバル・コンテンポラリー・アートの直接の母体である。戦後日本現代美術(具体・もの派・スーパーフラット)も、これらと同時代的な対話のなかで展開した。主要なコレクションはMoMAテート・モダンポンピドゥー・グッゲンハイム・ホイットニー美術館に集中する。

学び方ガイド:戦後現代美術を時系列で押さえる

戦後現代美術は運動が短期間で次々と入れ替わるため、まず(1)10 年単位で運動を整理すると見通しが効く。1940 年代後半-50 年代=抽象表現主義、60 年代=ポップ+ミニマル、70 年代=コンセプチュアル+アースワーク、80 年代=ニュー・ペインティング、90 年代-2000 年代=YBA・グローバル化。

続いて(2)「絵画の死」と「絵画の復活」のサイクルを意識する。コンセプチュアル・アートが「物質を持たない作品」を主張した 70 年代の後、80 年代のニュー・ペインティングが絵画への熱狂的回帰を起こし、90 年代以降はインスタレーション・映像・パフォーマンスが主流に戻り、近年再び絵画への関心が高まっている。最後に(3)美術市場との関係を見ておく。1980 年代のジュリアン・シュナーベル、ウォーホルからジェフ・クーンズ、ハースト、バンクシーまで、戦後現代美術はオークション市場の急成長と分かちがたい。

よくある質問

Q. 抽象表現主義は政治と関係あるのか

1950 年代に CIA が文化冷戦戦略として、共産圏の社会主義リアリズムに対抗するため、抽象表現主義の海外巡回展を秘密裏に資金援助していた事実が後に明らかになった(Frances Stonor Saunders「The Cultural Cold War」2000 ほか)。芸術の自由を体現する象徴として政治利用された。

Q. ポップアートとキッチュの違いは

キッチュは「悪趣味の量産品」を肯定なしに受け入れる態度。ポップアートは大量消費社会のイメージを批評的・反語的に絵画化する。ウォーホルの態度は両義的で、肯定とも批判ともつかないアイロニーが特徴である。

Q. 「現代美術」と「コンテンポラリー・アート」の違いは

美術史用語としては、Modern art=19 世紀後半-20 世紀半ば(だいたい印象派からポロック頃まで)、Contemporary art=1960-70 年代以降〜現在を指す。日本語の「現代美術」は両方を含む場合が多く、文脈で判断する。

鑑賞のチェックポイント

  • 規模:抽象表現主義以降の絵画は身体規模を超える大画面が標準。インスタレーションは部屋・建物単位。
  • 素材:工業製品・廃材・蛍光灯・テキスト・映像など、伝統的画材から逸脱する素材が常用される。
  • 制作の手:作家本人が手で描いたか、ファクトリー的に分業で制作されたか、AI や機械が介在したか。
  • 展示の場:ホワイトキューブのギャラリーか、屋外、街路、廃工場、SNS 上、いずれの空間に置かれているか。
  • 引用関係:先行作家への引用・パロディ・オマージュ(appropriation)が組み込まれている場合が多い。

関連記事

続けて戦後日本現代美術を読むと、東京・大阪・直島が世界のアートシーンとどのようにリンクしてきたかが把握できる。前段として20 世紀前半の美術を読むと、戦後の運動が誰の後継者だったかが立体的に見えてくる。