知識ゼロからの美術鑑賞プログラム→

新古典主義・ロマン主義– category –

西洋美術新古典主義・ロマン主義

新古典主義とロマン主義とは:18 世紀末〜19 世紀前半の二つの潮流

18 世紀後半、ロココの享楽性への反動として、ヴィンケルマンの「ギリシャ模倣論」(1755)とポンペイ遺跡の発掘(1748〜)を背景に、古代の規範美を蘇らせる新古典主義(Neoclassicism)が台頭した。フランス革命とナポレオン帝政を背景に、ダヴィッドが革命派の絵画イデオローグとして君臨した。

続く 19 世紀前半には、規範への抵抗としてロマン主義(Romanticism)が台頭する。理性ではなく感情、線ではなく色彩、調和ではなく劇性、過去ではなく現在を志向した。本サイトの新古典主義・ロマン主義カテゴリは、この二つの潮流をフランス・ドイツ・スペイン・イギリスの四地域に分けて整理する。

主要トピック:4 つの軸

1. 新古典主義(フランス、1780-1820 年代)

1784 年にダヴィッド「ホラティウス兄弟の誓い」が発表されると、古代ローマの徳と国家への忠誠を称揚する画題が、フランス革命前夜の政治的気運と結びついた。ダヴィッドは革命議会の議員、後にナポレオンの首席画家となり、「マラーの死」「ナポレオンの戴冠式」など歴史画の頂点を築いた。

弟子のアングル「グランド・オダリスク」「トルコ風呂」は、線描の精緻さで新古典主義を完成させた。彫刻ではカノーヴァ「クピドの接吻で蘇るプシュケ」「パウリーナ・ボルゲーゼ」が、大理石に古代ギリシャの理想美を蘇らせた。

2. ロマン主義(フランス、1820-1840 年代)

1819 年のジェリコー「メデューズ号の筏」が、ロマン主義の起爆点となった。実話に基づく難破事件を巨大画面で描き、絶望の身体を直視する姿勢が、新古典主義の歴史画とは異質な現代性を示した。

続くドラクロワ「民衆を導く自由の女神」(1830)「サルダナパルの死」「アルジェの女たち」は、燃える色彩・対角線構図・東方主題で、感情と異国趣味(オリエンタリズム)を結合させた。アングルとドラクロワの「線対色」「冷対熱」の対立は、19 世紀パリの美術論争を象徴する。

3. ドイツ・ロマン主義

ドイツ語圏では宗教的・哲学的な内省が中心となる。フリードリヒ「霧の海の上の旅人」「氷の海」は、自然のなかに崇高(Erhabene)の感覚を凝縮させ、後のミニマリズム・ロスコの崇高観念に連なる風景観を確立した。フィリップ・オットー・ルンゲは色彩象徴の体系を構想した。

4. イギリス・ロマン主義とスペインのゴヤ

イギリスではターナー「戦艦テメレール号」「雨、蒸気、速度」が、光と大気を主題とする近代風景画を切り開き、印象派の前史となった。コンスタブルは具体的な郷土風景を実証主義的に描き、後のバルビゾン派へ波及した。

スペインではゴヤが宮廷画家でありながら、戦争と狂気を描く「黒い絵」連作「1808 年 5 月 3 日」を残し、近代の闇を予言した。

代表作家と代表作

作家潮流生没代表作
ダヴィッド新古典1748-1825「ホラティウス兄弟の誓い」「マラーの死」「ナポレオンの戴冠式」
アングル新古典1780-1867「グランド・オダリスク」「泉」「トルコ風呂」
カノーヴァ新古典彫刻1757-1822「クピドとプシュケ」「パウリーナ・ボルゲーゼ」
ジェリコーロマン主義1791-1824「メデューズ号の筏」「エプソムの競馬」
ドラクロワロマン主義1798-1863「民衆を導く自由の女神」「サルダナパルの死」
フリードリヒドイツ・ロマン1774-1840「霧の海の上の旅人」「樫の森の修道院」
ターナーイギリス・ロマン1775-1851「戦艦テメレール号」「雨、蒸気、速度」
コンスタブルイギリス・ロマン1776-1837「干草車」「ソールズベリー大聖堂」
ゴヤスペイン1746-1828「1808 年 5 月 3 日」「我が子を喰らうサトゥルヌス」
ブレイクイギリス・象徴1757-1827「太古の日々」

技法・特徴の対比

項目新古典主義ロマン主義
規範古代ギリシャ・ローマの理想美感情・想像力・自然の崇高
主題歴史・神話・古代の徳同時代の事件・東方・自然
構図水平・垂直・三角形の安定対角線・渦巻きの動勢
線と色明確な輪郭線優位色彩と筆触の自由
政治背景フランス革命・ナポレオン帝政七月王政・1848 年革命
典型作品「ホラティウス兄弟の誓い」「メデューズ号の筏」

影響と後世への継承

新古典主義は 19 世紀後半のアカデミー画壇(ブグロー、カバネル)へ持続し、ロマン主義の色彩革命は19 世紀後半の印象派(モネ・モネルノワール)へ流れ込んだ。ターナーの光はモネ「印象・日の出」の前史であり、ゴヤの暗黒はピカソ「ゲルニカ」へ二世紀越しに反響した。

主要なコレクションは、ルーヴル美術館プラド美術館・テート・ブリテン・ハンブルク美術館・メトロポリタン美術館に分散する。

学び方ガイド:二つの潮流を「対」で覚える

新古典主義とロマン主義は、それぞれ単独で覚えるよりも、対立軸として並べて学習する方が記憶に残る。ルーヴル美術館「ドゥノン翼」では、ダヴィッド「ホラティウス兄弟の誓い」(部屋 702)と、ジェリコー「メデューズ号の筏」「ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」(部屋 700)が、徒歩 1 分の距離に配置されており、両者を直接見比べて様式の違いを体感できる。

同様に、アングル「グランド・オダリスク」とドラクロワ「アルジェの女たち」は、どちらも東方の女性を描きながら、線描の冷静と色彩の熱量で対極を成す。新古典主義からロマン主義への移行を、絵画 1 枚ごとの「冷⇄熱」「線⇄色」「過去⇄現在」のスイッチで把握すると分かりやすい。

よくある質問

Q. ロマン主義はいつから「ロマン主義」と呼ばれたのか

当時の芸術家自身は「自分はロマン主義者だ」と必ずしも自認していなかった。批評家スタンダールが 1823 年「ラシーヌとシェイクスピア」で「ロマン主義」を「現代に語りかける芸術」と定義したことで、概念が確立した。

Q. オリエンタリズムはなぜ流行したのか

1798 年のナポレオンによるエジプト遠征以降、ヨーロッパは中近東への関心を急速に高めた。アングル「トルコ風呂」、ドラクロワ「アルジェの女たち」、ジェロームの市場風景画など、19 世紀フランス絵画の主要モチーフとなる。20 世紀後半のエドワード・サイード「オリエンタリズム」(1978)以降、これらの作品は植民地主義の視線を含むものとして批判的に再検討されている。

Q. ターナーは印象派の先駆けか

1870-71 年の普仏戦争でロンドンに避難していたモネ・ピサロが、ターナーとコンスタブルを直接研究したことが知られている。「印象・日の出」(1872)の朝靄の表現や、屋外光の描写は、ターナーの大気表現を経由している。

鑑賞のチェックポイント

  • 輪郭線の有無:新古典主義は明確な輪郭で形を閉じる。ロマン主義は色面と筆触で形を融解させる。
  • 時代設定:新古典主義は古代ローマ/ギリシャ。ロマン主義は同時代の事件、東方、中世。
  • 感情の質:新古典主義は「徳・理性・忠義」。ロマン主義は「絶望・崇高・憧れ・狂気」。
  • 画面サイズ:歴史画は両方ともサロンに出品されるため大画面。風景画は中型〜小型。
  • 制作場所:新古典主義はローマ留学経験者が多い。ロマン主義はパリ・ロンドン・ドレスデン・マドリードに分散。

関連記事

続けて19 世紀美術と印象派を読むと、ターナーやドラクロワの色彩革命がどのようにモネやマネへ流れ込んだかが見えてくる。前段としてバロック・ロココを読むと、新古典主義がどのような享楽の風土に対する反動だったかが理解できる。