霧の向こうから蒸気機関車が突進する。
夕日に照らされ、解体場へ曳かれる帆船。
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(J.M.W. Turner, 1775〜1851)。
19 世紀英国が世界に贈った最大の風景画家であり、印象派と抽象絵画の予告者です。
目次
ターナーとは
- 1775 年ロンドン、コヴェント・ガーデンの理髪師の子
- 14 歳でロイヤル・アカデミー入学
- 15 歳で初めてサマー展に出品
- 27 歳でアカデミー正会員(最年少記録)
- 1851 年没、3 万点近い作品を国家遺贈
ターナーの三つの時代
① トポグラフィック時代(1790 年代〜)
- 正確な地形描写の水彩画
- 英国各地の城・大聖堂・古跡
- 古典的構図と細密描写
② 古典・歴史風景時代(1800〜1830 頃)
- クロード・ロランの古典的構図を継承
- 「カルタゴを建設するディド」(1815)
- 歴史と神話を風景に重ねる
- イタリア・スイス・ライン川を旅する
③ 光と大気の時代(1830〜51)
- 主題よりも光・色・運動の表現
- 「戦艦テメレール号」(1839)
- 「雨、蒸気、速度」(1844)
- 「ノラム城、日の出」(1845 頃)
- 形態が溶け、色彩の渦に近づく
三つの代表作
「戦艦テメレール号」(1839、ロンドン・ナショナル・ギャラリー)
- トラファルガーの英雄艦が解体場へ曳かれる場面
- 蒸気船時代の到来を象徴
- 夕日に染まる空と冷たい灰色の蒸気船の対比
- 2005 年 BBC 視聴者投票「英国一の絵」
「雨、蒸気、速度 ─ グレート・ウェスタン鉄道」(1844、同館)
- 橋を渡る蒸気機関車
- 雨と霧と速度の交差
- 近代の機械の登場を主題化
- 線路上に小さな野ウサギ(速度の比喩)
「奴隷船」(1840、ボストン美術館)
- 奴隷を海へ投げ捨てる船と嵐
- 道徳的告発と荘厳な海景の融合
- 強烈な赤と黄の夕焼け
水彩画家としてのターナー
- 水彩を油彩と同じ高みへ引き上げた
- 透明度と速乾性を活かした朝夕の光
- ヴェネツィア・スイス・ライン川シリーズ
- 晩年の自由な「色彩の練習」
ロマン主義のなかの位置づけ
ターナーは英国 ロマン主義 の中心です。
- 自然の崇高(サブライム)の表現
- 人間の小ささと自然の巨大さ
- 嵐・雪崩・難破船・火災の主題
- 同時代のコンスタブル(コンスタブルの方が穏やかな田園)と対をなす
科学・産業との対話
- ニュートン光学・ゲーテ色彩論を読み込む
- 蒸気機関・蒸気船・鉄道を主題化
- 嵐の海でマストに自分を縛らせて観察したという逸話
- 「雨、蒸気、速度」は近代の風景画の到達点
晩年の「抽象」
- 1830 年代後半から形態がほぼ消失
- 「光が与えられる嵐」「色彩の始まり」
- マーク・ロスコ「ロスコのカラーフィールド」を予告
- テート・ブリテンに 300 点近く所蔵
印象派への影響
普仏戦争(1870〜71)でロンドンに亡命した モネ と ピサロが、ターナーをロンドンで研究します。
- 光と大気の表現
- 輪郭の溶解
- 純色の並置
「印象・日の出」はターナーの「ロンドン国会議事堂火災」の延長線上にあります。
ターナー賞(1984〜)
- テート・ブリテンが主催する英国の現代美術賞
- 50 歳以下の英国系作家対象
- ターナーの革新性を象徴的に継承
- 歴代受賞者: ダミアン・ハースト、グレイソン・ペリーら
主な所蔵先
- テート・ブリテン(ロンドン):クロア・ターナー・ギャラリーに大規模常設
- ナショナル・ギャラリー(ロンドン):「テメレール号」「雨、蒸気、速度」
- ボストン美術館:「奴隷船」
- メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
まとめ|ターナーを読む視点
- 英国ロマン主義の頂点であり、近代風景画の創設者
- 蒸気・鉄道・難破船など近代の主題を絵画に取り込んだ
- 晩年の光と色彩の絵画は印象派と抽象絵画を予告した
新古典主義とロマン主義の章で、ドラクロワと並ぶもう一本の大黒柱がターナーです。

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