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近代(20世紀前半)– category –

西洋美術近代(20世紀前半)

20 世紀前半美術とは:30 年で十数の運動が連鎖した画期

1900 年から第二次世界大戦終結(1945 年)までの 45 年間、ヨーロッパとロシアは、人類史上もっとも急激な造形革命を経験した。19 世紀末のセザンヌの空間構造、ゴッホの色彩感情、ゴーガンの装飾性を起点に、フォーヴィスム・キュビスム・表現主義・未来派・抽象絵画・ダダ・シュルレアリスム・バウハウス・新造形主義・構成主義・シュプレマティスム・アール・デコが、わずか 30 年の間に連鎖した。

本サイトの20 世紀前半カテゴリは、これらの運動を「色彩」「形態」「無意識」「機能」の四つの軸で整理する。戦後現代美術を理解するうえで、この時代の運動の理解は不可欠である。

主要トピック:8 つの運動

1. フォーヴィスム(1905〜)

1905 年のサロン・ドートンヌで「野獣の檻」と呼ばれたマティスとフォーヴィスムは、輪郭から解放された原色を画面に塗りつけ、色彩そのものに自律的な表現力を与えた。マティス「ダンス」「赤いアトリエ」、ドラン、ヴラマンクが代表。

2. キュビスム(1907〜)

ピカソ「アヴィニョンの娘たち」(1907)とブラックの共作実験から始まるキュビスム革命は、対象を多視点から分解し、再構成する空間表現を確立した。分析的キュビスム(1908-12)→総合的キュビスム(1912-14)→アール・デコへの波及という流れをたどる。

3. ドイツ表現主義

ドイツ表現主義は、ドレスデンで結成された「橋(Die Brücke)」(1905、キルヒナー、ノルデ)と、ミュンヘンの「青騎士(Der Blaue Reiter)」(1911、カンディンスキークレー、マルク)を二つの軸とし、内面の不安と精神性を激しい色彩で表出した。

4. 未来派・構成主義・シュプレマティスム

イタリアの未来派(1909、マリネッティ宣言)は速度・機械・戦争の美学を称揚した。ロシアでは構成主義(タトリン、ロドチェンコ)が革命と結びつき、マレーヴィチのシュプレマティスム「黒い四角」(1915)が純粋抽象の極北に至った。

5. ダダ・シュルレアリスム

1916 年チューリヒ「キャバレー・ヴォルテール」で誕生したダダは、戦争の不条理への反抗としてあらゆる芸術概念を破壊した。デュシャンのレディメイド「泉」(1917)が、その極点をなす。続くシュルレアリスムは、ブルトン「シュルレアリスム宣言」(1924)を起点に、ダリ「記憶の固執」マグリットの哲学的イメージ、エルンスト、ミロが、夢と無意識を絵画化した。

6. 抽象絵画の誕生

カンディンスキーが 1910 年前後に対象から解放された色彩構成を始め、モンドリアンの新造形主義が、垂直水平と原色+無彩色のみで構成される純粋造形を確立した。クレーはバウハウスで色彩象徴の体系を授業として展開した。

7. バウハウスとモダン・デザイン

1919 年ヴァイマルで開校されたバウハウスは、グロピウス校長のもと、絵画・建築・工芸・印刷を統合した。クレー、カンディンスキー、モホイ=ナジ、ヨゼフ・アルバースが教鞭を執り、20 世紀のデザイン教育の基礎を築いた。1933 年ナチス政権下で閉鎖。

8. 近代彫刻と建築・デザイン

ブランクーシのモダン彫刻「無限柱」「空間の鳥」が抽象彫刻を確立し、ル・コルビュジエが「住宅は住むための機械」とモダン建築の規範を提示した。アール・デコは 1920 年代のモダン都市に幾何学装飾を提供した。スペイン内戦をめぐるピカソ「ゲルニカ」(1937)はキュビスム的解体を歴史画へ応用した記念碑である。

代表作家と代表作

作家運動生没代表作
マティスフォーヴィスム1869-1954「ダンス」「赤いアトリエ」
ピカソキュビスム1881-1973「アヴィニョンの娘たち」「ゲルニカ」
ブラックキュビスム1882-1963「ヴァイオリンと水差し」
カンディンスキー抽象1866-1944「コンポジション VII」
モンドリアン新造形主義1872-1944「赤・黄・青のコンポジション」
クレーバウハウス1879-1940「セネシオ」「赤い気球」
マレーヴィチシュプレマティスム1879-1935「黒い四角」
キルヒナー表現主義1880-1938「ベルリンの街頭」
デュシャンダダ1887-1968「泉」「彼女の独身者によって裸にされた花嫁さえも」
ダリシュルレアリスム1904-1989「記憶の固執」
マグリットシュルレアリスム1898-1967「イメージの裏切り」
エルンストダダ・シュル1891-1976「セレベスの象」
ブランクーシ抽象彫刻1876-1957「空間の鳥」「無限柱」
ル・コルビュジエモダン建築1887-1965「サヴォア邸」「ロンシャン礼拝堂」

技法・特徴

  • 純粋色面:フォーヴィスムが輪郭線から色を解放し、新造形主義が原色+黒・白・灰のみへ純化した。
  • 多視点と分割:キュビスムが透視図法に取って代わる空間記述法を発明した。
  • コラージュとパピエ・コレ:1912 年のブラック・ピカソが新聞紙・壁紙を画面に貼り、現代美術の物質性が始まった。
  • レディメイド:既製品をそのまま作品として提示するデュシャンの戦略は、コンセプチュアル・アートの母体になる。
  • オートマティスム:シュルレアリスムが、無意識を経由する自動筆記・デカルコマニーで偶然性を作品化した。
  • 幾何学抽象:シュプレマティスム・新造形主義・構成主義が、革命と機械文明の理念を純粋形態へ翻訳した。

影響と後世への継承

20 世紀前半の運動は、戦後アメリカへ移植されて抽象表現主義を生み、ポップアートミニマリズムコンセプチュアル・アートへ受け継がれた。バウハウスは戦後アメリカの美術教育(ブラック・マウンテン・カレッジ、IIT)へ移植され、モダン・デザインの世界標準となった。主要なコレクションはポンピドゥー・センターテート・モダンMoMA・グッゲンハイム美術館に集中する。

学び方ガイド:30 年の運動を整理する

20 世紀前半の運動は、(1)色彩の解放(フォーヴィスム→ドイツ表現主義)、(2)形態の解体と再構築(キュビスム→未来派→純粋抽象)、(3)無意識の探求(ダダ→シュルレアリスム)、(4)機能と社会(バウハウス→構成主義→アール・デコ)の四つの軸に整理できる。それぞれの軸が、第一次世界大戦(1914-18)と第二次世界大戦(1939-45)という 20 世紀の二つの世界大戦に対する芸術の応答として展開した。

運動相互の関係も重要である。フォーヴィスムとキュビスムは「色か形か」という対立を含み、ダダとシュルレアリスムは「破壊か夢か」、バウハウスと構成主義は「西側のデザインか東側の革命か」というように、互いに参照しあっている。ピカソは生涯にわたって複数の運動を横断したことで、これらをつなぐ蝶番として機能した。

よくある質問

Q. キュビスムの「分析的」と「総合的」の違いは

分析的キュビスム(1908-12)は、対象を多視点から細分化し、画面全体がモノクロームのファセット状になる。総合的キュビスム(1912-14 以降)は、コラージュや明確な色面で再構築する。前者は「壊す」、後者は「組み立てる」段階。

Q. なぜ抽象絵画はロシア・オランダ・ドイツで同時に発生したのか

カンディンスキー(ロシア→ドイツ)、モンドリアン(オランダ)、マレーヴィチ(ロシア)、クプカ(チェコ→フランス)が、いずれも 1910 年代前半に対象から離脱した。神智学・キリスト教神秘主義・ロシア正教イコンの伝統など、それぞれ異なる宗教的背景が「物質を超えた絵画」を要請した。

Q. ダダはどこで終わったか

ダダは 1916 年チューリヒで始まり、ベルリン、ケルン、パリ、ニューヨークへ拡散して 1923 年頃に解体した。中心人物の多くがシュルレアリスム(1924 年宣言)へ合流し、運動としては自己否定の論理によって自然消滅した。

鑑賞のチェックポイント

  • 制作年:1907 年「アヴィニョンの娘たち」、1915 年マレーヴィチ「黒い四角」、1917 年デュシャン「泉」、1924 年シュルレアリスム宣言、1937 年「ゲルニカ」を年表で押さえる。
  • 素材:油彩か、コラージュ素材(新聞・壁紙・布)が貼られているか、レディメイドの工業製品か。
  • 輪郭の有無:マティスは色面、ピカソは多視点の輪郭、モンドリアンは黒線、ロスコは輪郭なし。
  • 主題:シュルレアリスム作品では、夢・性・死・無意識のシンボル(時計・影・断片化された身体)に注目。
  • 展示場所:パリ・ベルリン・ヴァイマル・モスクワ・チューリヒ・ニューヨーク、いずれの都市で発表されたかが運動の文脈を決める。

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続けて戦後西洋現代美術を読むと、ヨーロッパからアメリカへ重心が移った戦後の運動が連続的に把握できる。前段として19 世紀美術と印象派を読むと、20 世紀前半の運動が何を継承し、何を否定したかが理解できる。