パリのモンパルナス、白く塗られた小さなアトリエ。
磨かれたブロンズが光を反射し、樫の柱が天井に向かって伸びる。
「大理石はもう動物・植物・人物の姿ではない」。
20 世紀モダン彫刻の出発点に立つ男、コンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Brâncuși, 1876〜1957)。
目次
ブランクーシとは
- 1876 年、ルーマニア南西部ホビツァ村の農民の家に生まれる
- 少年時代から木彫を独学
- クライオーヴァ工芸学校 → ブカレスト国立美術学校
- 1903 年、徒歩でパリへ向かう(途中で病に倒れ最終的に列車)
- 1904 年パリ着、エコール・デ・ボザール入学
- 1906 年、サロンドートンヌに 2 点出品しロダンに注目される
- 1907 年、ロダンのアトリエ助手に。3 週間で辞す
- 「大樹の陰では何も育たない」
- 1957 年パリで没、墓地モンパルナス
ブランクーシ彫刻の特徴
「本質」への抽象
- 外形ではなく「鳥が飛ぶ」「キスする」という事象の本質を彫り出す
- 細部を削ぎ落とし、卵形・楕円・円柱に還元
- 「単純さは芸術の目的ではない、対象の本質に迫った副産物だ」
素材への敬意
- 大理石・ブロンズ・樫・栗・石灰石
- 素材の持つ性質を歪めない
- ブロンズは鏡面研磨、空間と光を彫刻に取り込む
- 木彫はノミ跡を残し、原始的な力強さ
台座も作品
- 台座(ペデスタル)を彫刻と同等に扱う最初の作家
- X 字形・円柱・幾何ブロックを組み合わせる
- 後のミニマリズム・現代彫刻の「台座解体」の先駆
主要作品系列
「眠れるミューズ」(1909-10、複数版)
- 横たわる頭部、目を閉じた卵形
- 大理石・ブロンズ・木の各素材で複数制作
- ルーマニア恋人バロネス・フランジョリーニがモデル
「キス」(1907-08、モンパルナス墓地ほか)
- 抱き合う二人を一塊の石灰石から彫る
- ロダンの「接吻」への対抗:写実から原型へ
- 後の連作は門・台座・墓碑として展開
「マイアストラ」「空間の鳥」連作(1910-40)
- ルーマニア民話の魔法の鳥が出発点
- 翼や脚を消し、垂直の楕円柱に
- 磨かれたブロンズが光を集める
- 1926 年、米国税関で「鳥」と認められず関税を課される
- 裁判で「これは芸術品である」勝訴:抽象彫刻の法的承認の原点
「無限柱」(1937-38、トゥルグ・ジウ/ルーマニア)
- 第一次大戦戦没者慰霊のため郷里に建立
- 菱形要素を 17 個積み重ねた高さ 29.35m の鋳鉄柱
- 「天と地を結ぶ無限の柱」
- 「沈黙の机」「接吻の門」とで構成される彫刻群
- 2024 年世界遺産候補にノミネート
「ジェラチー姫の肖像」「ポゴニーちゃん」
- 頭部を球と楕円に還元
- 女性肖像の伝統への前衛的応答
パリのアトリエ
- 1916 年から没年までインパッス・ロンサン 11 番地
- 白漆喰の壁、彫刻が組み合って一つの空間装置に
- ブランクーシは生前から「アトリエ全体が一つの作品」と表明
- 遺言:アトリエそのものをフランス国家に遺贈
- 現在、ポンピドゥー・センター前広場に再現移設
同時代の交友
- マルセル・デュシャン:生涯の友、米国ブランクーシ販促を手伝う
- エズラ・パウンド:「私は大理石を愛しているのだ、彫刻家ではなく」と詩で書く
- マティス・ピカソと並ぶエコール・ド・パリ巨匠
- イサム・ノグチが助手を務める(1927)
- 藤田嗣治 と同時代パリで交流
後世への影響
- イサム・ノグチ:師の単純化を継承、和洋融合へ
- ヘンリー・ムーア:自然の有機的フォルム
- バーバラ・ヘップワース:穴の彫刻
- ミニマリズム(ドナルド・ジャッド、リチャード・セラ)
- 20 世紀建築:ル・コルビュジエ、ルイス・カーンの空間造形
主な所蔵先
- ポンピドゥー・センター(パリ):アトリエ再現+約 100 点
- フィラデルフィア美術館:アンサンブル展示
- MoMA(NY):「空間の鳥」「眠れるミューズ」
- テート・モダン(ロンドン)
- ルーマニア国立美術館(ブカレスト)
- 東京国立近代美術館・国立国際美術館
まとめ|ブランクーシを読む視点
- 20 世紀抽象彫刻の出発点
- 素材への敬意と本質への還元、台座も含めた空間芸術
- 1926 年関税裁判は「抽象=芸術」の法的歴史的瞬間
続けて ロダンと近代彫刻の誕生 や 20 世紀前半の美術運動概観 を読むと、彫刻の近代化の流れが見えてきます。

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