うつむき、肘を膝につけ、何かを思索する裸の男。
その姿は、誰もが一度は目にしたことがあるはずです。
オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin, 1840〜1917)の「考える人」(1880 頃)。
近代彫刻は、彼から始まりました。
目次
ロダンとは
- 1840 年パリの貧しい家に生まれる
- 美術学校(エコール・デ・ボザール)の入試に三度落ちる
- 装飾彫刻の職人として 30 代まで生活
- 40 歳前後にようやく独立、晩年は世界的名声
- ミケランジェロ研究、人体解剖、運動研究の積み重ね
近代彫刻の誕生
19 世紀後半まで、彫刻は記念碑的・装飾的なものでした。
- 正面性・直立・静止・無感情
- 表面の磨き上げによる「完璧」
- 建築装飾としての従属
ロダンはこれを覆します。
- 動きの瞬間、ねじれ、ためらいを彫る
- 未完成のように荒い表面を残す(手の跡を見せる)
- 独立彫刻として鑑賞される
- 連作・部分像・断片の積極的肯定
代表作
「青銅時代」(1877、オルセー)
- 等身大の裸体像
- 「人体から型を取ったのでは」と疑われるほどリアル
- ロダンの名を世間に知らしめた騒動作
「考える人」(Le Penseur, 1880 頃)
- もとは「地獄の門」上部のダンテとして構想
- 独立作品として大型化、世界 28 体以上のブロンズ
- 「思索する人間」のアイコン
「カレーの市民」(1884-95)
- 百年戦争時、自ら処刑を申し出た 6 人の市民をモニュメント化
- 英雄ではなく、迷い・恐れる生身の人間として彫る
- 台座を低くして観者と同じ高さに
- 記念彫刻の概念を変えた
「地獄の門」(1880-1917、オルセー)
- 装飾美術館の門として依頼、未完で 37 年
- ダンテ『神曲』地獄篇を題材に 200 体以上の人物
- 「考える人」「接吻」「アダム」「エヴァ」など主要彫刻の母体
- ロダンの全宇宙が凝縮
「接吻」(Le Baiser, 1889、オルセー / V&A など)
- ダンテの「パオロとフランチェスカ」
- 大理石の透明感、二つの身体の融合
「バルザック像」(1891-98、現在オルセー他)
- 夜着を被った文豪の塊
- 当時「醜悪」と拒絶されたが、20 世紀に「近代彫刻の起源」と再評価
- 具象から抽象への扉
身体表現の革新
カミーユ・クローデル
ロダンの弟子であり恋人だった彫刻家、カミーユ・クローデル(1864-1943)。
- 「成熟(運命の女)」「ワルツ」など独自の傑作
- 30 年間精神病院に幽閉、20 世紀後半に再評価
- 近年、生涯がロダンとは独立した評価軸で語られる
ロダンの工房
- 専門職人を雇い、点取り器で大理石彫刻を量産
- ブロンズは生涯で複数体の鋳造を許可(オリジナル多数)
- 晩年は世界中の若手彫刻家を受け入れる
- マイヨール、ブールデルらが薫陶
後世への影響
- 20 世紀彫刻全般の前提条件を作った
- ブランクーシはロダンの工房に入るが「大樹の下で何も育たない」と離脱、その反動から抽象彫刻が生まれる
- マチス、リプシッツ、ジャコメッティ全員がロダンを通過
- 近代彫刻の「身体」「断片」「未完成」の語彙の起源
主な所蔵先
- ロダン美術館(パリ):旧アトリエ、世界最大コレクション
- ロダン美術館(フィラデルフィア):欧外で最大のブロンズ群
- オルセー美術館:「地獄の門」「カレーの市民」
- 国立西洋美術館(東京・上野):「考える人」「地獄の門」「カレーの市民」を所蔵、ル・コルビュジエ設計の建物自体が文化遺産
- 静岡県立美術館:「ロダン館」
まとめ|ロダンを読む視点
- 記念碑彫刻を、生身の身体と感情の表現へと解放した
- 未完成・断片・部分像を芸術として肯定した
- 20 世紀彫刻すべての出発点であり、抽象彫刻の母
19 世紀西洋美術の終盤を語るとき、絵画の印象派と並んで、彫刻のロダンは欠かせません。

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