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近代(19世紀)– category –

西洋美術近代(19世紀)

近代19世紀美術とは:印象派を中心とする近代絵画の起源

近代 19 世紀美術(1840s-1900)は、西洋絵画史上もっとも大きな転換が起きた約 60 年間である。アカデミーの権威に対する反逆としてレアリスム(クールベ)、印象派(モネ・ルノワール・ドガ)、後期印象派(セザンヌ・ゴッホ・ゴーガン)、新印象派(スーラ)、象徴主義(モロー・ムンク)、アール・ヌーヴォーが連続的に展開し、20 世紀のあらゆる前衛美術の出発点を作った。

本サイトの近代19世紀カテゴリは、この激動期の美術を、レアリスム→印象派→後期印象派→新印象派→象徴主義の流れで整理する。同時期は、写真術の発明(1839、ダゲレオタイプ)、産業革命の都市化、鉄道の発達、ジャポニスムによる日本美術の流入、という社会的大転換と並走しており、絵画はそれらすべてに応答する形で激変した。

主要トピック:6 段階の展開

1. レアリスム(1840-1870)

クールベ(1819-1877)の「オルナンの埋葬」(1849-50)が、それまでアカデミーが至上としてきた歴史画・宗教画を排して、同時代の田舎の現実を巨大なスケールで描いたことが転換点。「写実こそが絵画の主題」という新しい原理が確立された。ミレー・バルビゾン派は田舎の労働者を主題化、ドーミエは社会風刺画。

2. 印象派(1860s-1880s)

モネ「印象・日の出」(1872)が運動名の起源。野外で太陽光のもと、瞬間的な視覚を素早い筆触で捕らえる。1874 年第 1 回印象派展(パリ、ナダール写真館)。モネ・ルノワール・ピサロ・シスレー・ドガ・ベルト・モリゾらが中心。これは画題(労働者・近代都市の余暇)と技法(明るい色・分割筆触)の両面でアカデミーへの徹底した拒絶だった。

3. 後期印象派(1880s-1900)

印象派の純粋視覚主義への反動として、セザンヌ(形態の構築)、ゴッホ(感情の筆触)、ゴーガン(象徴と原始)が、それぞれ独自の方向で印象派を超えた。これら 3 人は 20 世紀絵画の「キュビスム→ピカソ」「表現主義→フォーヴィスム」「象徴と原始→アヴァンギャルド全般」の遠い源流となった。

4. 新印象派(点描派、1880s-1890s)

スーラ(1859-1891)が光学理論に基づいて、純色の小さな点を画面全体に並べる「点描」技法を発明。「グランド・ジャット島の日曜日の午後」(1884-86、シカゴ美術館)が代表作。シニャック、クロスらが続いた。

5. 象徴主義(1880s-1900)

客観的描写ではなく、神話・夢・死・性・宗教的神秘を主題とする運動。ギュスターヴ・モロー、オディロン・ルドン、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(フランス)、ムンク「叫び」(ノルウェー)、クリムト(オーストリア)、ボックリン(スイス)。世紀末の不安と精神性を絵画化した。

6. アール・ヌーヴォー(1890-1910)

絵画・グラフィック・建築・家具・宝飾の全領域に広がる「曲線と植物」の装飾運動。アルフォンス・ミュシャ(ポスター)、エクトル・ギマール(パリ・メトロ駅入口)、グスタフ・クリムト(ウィーン)、アントニ・ガウディ(バルセロナ)。20 世紀デザインの直接の前提。

代表作家と代表作

作家生没代表作
クールベ1819-1877オルナンの埋葬・画家のアトリエ
マネ1832-1883草上の昼食・オランピア・フォリー=ベルジェール劇場のバー
モネ1840-1926印象・日の出・睡蓮連作
ルノワール1841-1919ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会
ドガ1834-1917踊りの稽古場・浴女
セザンヌ1839-1906サント=ヴィクトワール山連作・大水浴
ゴッホ1853-1890ひまわり・星月夜
ゴーガン1848-1903われわれはどこから来たのか・タヒチ連作
スーラ1859-1891グランド・ジャット島の日曜日の午後
ムンク1863-1944叫び・マドンナ

技法・特徴

  • 戸外制作(プレネール):印象派の核心。アトリエではなく屋外で、自然光のもとで直接制作する。チューブ入り絵具の発明(1841 頃)が技術的前提。
  • 分割筆触(テューシュ・ディヴィゼ):色を混合せず、純色の小さな筆触で画面に並置し、観者の目で混色を作る方法。新印象派で点描として完成。
  • 「画題」の革新:歴史画・宗教画・神話画というアカデミーの伝統主題を放棄し、同時代の田舎・都市・余暇・労働を画題とする。
  • ジャポニスム:1860 年代以降、浮世絵が大量に欧州に流入。マネ・モネ・ドガ・ロートレック・ゴッホ・クリムトが、浮世絵の構図・色面・視点に直接影響を受けた。
  • ガラス窓(フェネートル)の構図:写真機の登場と並行して、画面を「現実を切り取る窓」として捉える視覚構造が確立した。

歴史的文脈:写真・産業・都市

19 世紀後半の絵画革命は、写真術の発明(1839)、鉄道網の拡張(1840s-)、パリ大改造(1853-1870、ジョルジュ・オスマン主導)、産業労働者層の拡大、市民階級の勃興、植民地拡張という社会変動と表裏一体だった。写真の登場で「客観的描写」という絵画の伝統的役割が問われ、印象派は「絵画にしかできない主観的・瞬間的視覚」を追求した。鉄道は画家を田舎・海岸・郊外へ運び、戸外制作を可能にした。パリの新しい大通り・劇場・カフェ・公園は、印象派の画題そのものとなった。これらの社会的条件があってはじめて、19 世紀後半の絵画革命が可能になった。

影響・後世

  • 20 世紀絵画の三大源流:セザンヌ → キュビスム(ピカソ・ブラック)、ゴッホ → 表現主義(ノルデ・キルヒナー)、ゴーガン → 象徴と原始の現代的展開。
  • マティス・フォーヴィスム:印象派・後期印象派の色彩解放を引き継ぎ、純色の感情表現として完成(フォーヴィスム)。
  • ジャポニスムと浮世絵の世界化:印象派・後期印象派を経由して、日本の浮世絵が世界美術史の独立した一柱として認知された。
  • ニューヨークの市場化:20 世紀以降、印象派・後期印象派の作品はアメリカの大富豪(ロックフェラー、メロン、ハンマー)が大量購入し、米国の主要美術館コレクションの中核となった。
  • メディアでの大衆化:モネ「睡蓮」、ゴッホ「ひまわり」、ムンク「叫び」は 20 世紀後半以降、ポスター・カレンダー・SNS で大衆化し、絵画作品の最も知名度の高い数点となった。

関連記事

続けてモネ「印象・日の出」と印象派の誕生を読むと、運動名の起源と第 1 回印象派展(1874)の歴史が立体的に分かる。

「印象派を観る」ための主要美術館

印象派・後期印象派は、世界の主要美術館コレクションの中核を成しており、巡礼的に観るには複数の美術館を訪れる必要がある。パリ・オルセー美術館(旧オルセー駅を改装した美術館)が運動の本拠地で、モネ・ルノワール・ドガ・セザンヌ・ゴッホ・ゴーガンの代表作を最大数所蔵する。パリ・オランジュリー美術館では、モネ「睡蓮」の大装飾画 8 点が、楕円形の二室で円環状に展示されている。ニューヨーク・メトロポリタン美術館シカゴ美術館は、米国の印象派コレクションの双璧。ロンドン・ナショナル・ギャラリーはゴッホ「ひまわり」を所蔵。東京・国立西洋美術館ブリヂストン美術館(アーティゾン美術館)は、日本国内最大級の印象派コレクションを擁する。オスロ国立美術館はムンク「叫び」を所蔵。これら主要館を巡れば、印象派・後期印象派の代表作のほぼすべてを観ることができる。