知識ゼロからの美術鑑賞プログラム→

アンリ・マティス– tag –

アンリ・マティスとは何者か

アンリ・マティス(1869-1954)は、20世紀前半のフランスを代表する画家・彫刻家・版画家です。フォーヴィスム(野獣派)の中心人物として色彩革命を起こし、晩年には切り紙絵(グワッシュ・デクペ)に到達した、生涯にわたる「色彩の探究者」です。

「ピカソとマティス」と並べて語られるように、20世紀の絵画はこの二人の対話によって駆動されました。マティスは線と色面の純粋さを極限まで突き詰め、装飾と表現の境界を消去した点で独自の地位を占めます。

生涯の時期区分

時期年代特徴
修業期1891-1903モロー門下。シャルダン・コローを模写
フォーヴィスム期1904-1907『緑の筋のあるマティス夫人の肖像』『生きる喜び』
装飾的様式期1908-1917『ダンス』『音楽』『赤い室内』
ニース期1917-1930オダリスクと室内絵画
晩年・切り紙絵期1941-1954癌手術後、切り紙絵による壁画的構成へ

代表作

フォーヴィスムの核

  • 『帽子の女』(1905)— 1905年サロン・ドートンヌの「フォーヴ(野獣)」の檻と評された運動の起爆剤。
  • 『緑の筋のあるマティス夫人の肖像』(1905)— 顔の中央に緑の縦帯を引く色彩の自由。
  • 『生きる喜び』(1905-06)— アルカディア神話を曲線と平面で再構成した大型作。

装飾的大作

  • 『ダンス』(1909-10、エルミタージュ)— 五人の踊り手が手をつなぐ円環。シューキンの依頼。
  • 『音楽』(1910)— 『ダンス』と対をなすパネル。
  • 『赤い室内、青いテーブル』(1947)— 赤一色の室内に黒い線で家具と窓を浮かばせる晩年の境地。

切り紙絵(グワッシュ・デクペ)

  • 『ジャズ』(1947)— 書籍化された切り紙絵連作。
  • 『青いヌード』連作(1952)— 切り紙絵の到達点。
  • 『王の悲しみ』(1952)— 自伝的大型構成。
  • ヴァンス・ロザリオ礼拝堂(1948-51)— 建築・ステンドグラス・祭具まで全面設計した総合芸術。

様式の特徴

純粋色の自律性

マティスは「色は対象の説明ではなく、画面の構築要素である」と考え、対象の固有色から解放された純粋色の組み合わせで画面を成立させました。フォーヴィスムの中心思想です。

線と装飾

イスラム美術・日本浮世絵・北アフリカ織物に学んだマティスは、装飾を二次的なものとせず、絵画の本質と捉えました。曲線のリズム、模様の反復、色面の対比—これらは生涯の核です。

切り紙絵の革命

癌手術後、立って大型キャンバスに向かえなくなったマティスは、助手にグワッシュで塗ったシートを切り抜かせる手法に到達。「鋏で素描する」と本人が呼んだこの方法は、絵画と彫刻の境界を消去しました。

ピカソとの対話

1906年のスタイン家での出会い以降、二人は40年以上にわたり「ライバルにして共同制作者」の関係を保ちました。マティスの『生きる喜び』への返答が『アヴィニョンの娘たち』、晩年の切り紙絵への返答がピカソの陶器制作—相互参照は美術史の核心です。

影響と評価

  • ニューヨーク・スクール(ロスコ、ニューマン)は、マティスの色面構成を抽象表現主義に変換しました。
  • ポップアートのリキテンスタインは『赤い室内』を引用したシリーズを制作。
  • 21世紀の絵画にも、リチャード・ディーベンコーン、エレン・アルトフェスト、ジョナス・ウッドなど直接的な後継者が多数います。

所蔵と鑑賞先

作品所蔵先
ダンス/音楽エルミタージュ美術館/MoMA(別バージョン)
生きる喜び/赤い室内バーンズ財団/コペンハーゲン国立美術館
切り紙絵連作ニース・マティス美術館/MoMA/テート・モダン
ロザリオ礼拝堂ヴァンス(建築として現存)

1905 年「フォーヴ」の檻:運動の出発点

1905 年秋のサロン・ドートンヌ第 7 室には、マティス、ドラン、ヴラマンク、マルケら若手画家の作品が並びました。中央にはアルベール・マルケのルネサンス風児童彫刻が置かれており、その配置を見た批評家ルイ・ヴォークセルが「ドナテッロが野獣(フォーヴ)の檻に入っている」と書いたことが「フォーヴィスム」の名の由来です。

マティス『帽子の女』に対しては当時のサロンの観客が傘で突いて破ろうとした逸話も伝わっています。スキャンダルにもかかわらず、米国人収集家レオ・スタイン、ガートルード・スタイン姉弟が即座に購入し、マティスを米国の前衛サークルに紹介しました。これは20世紀美術における「コレクター主導の評価形成」の典型例です。

マティスとイスラム美術

マティスは 1903 年のミュンヘン・イスラム美術展、1906 年のアルジェリア旅行、1910 年のミュンヘン・イスラム美術大規模展、1912-13 年のモロッコ滞在を通じて、装飾的色面の理論を深化させました。「絵画は装飾でなければならない」というマティスのテーゼは、ヨーロッパ近代の主流である「絵画は窓である」という前提への挑戦でした。

1912 年にロシアの収集家シューキンに納められた『金魚』は、ペルシア細密画の俯瞰構図を直接参照しており、装飾と空間構成の融合の到達点として知られます。

切り紙絵:晩年の革新

1941 年の癌手術後、立って絵筆を取れなくなったマティスは、車椅子と病床から「鋏で素描する」グワッシュ・デクペ(切り紙絵)に到達しました。アシスタントが指示通りグワッシュで塗ったシートを、彼自身が鋏で切り抜き、壁面で構成して固定する—これは「絵画」「彫刻」「コラージュ」「壁画」「織物デザイン」のすべての境界を解体する手法でした。

1947 年の『ジャズ』、1952 年の『青いヌード』連作、ヴァンス・ロザリオ礼拝堂の建築・ステンドグラス・祭具一式は、20 世紀の総合芸術プロジェクトとして比類のない達成です。マティス自身は晩年こう書きました。「私はいつも自分の絵画作品の前段階に到達したと思っていたのに、ついに本当の絵画に到達した」。

主要収集家とコレクション形成

収集家主要作品現所蔵先
セルゲイ・シューキン(モスクワ)『ダンス』『音楽』『金魚』エルミタージュ/プーシキン美術館
レオ・スタイン/ガートルード・スタイン『帽子の女』ほかサンフランシスコ近代美術館ほか
アルバート・C・バーンズ(フィラデルフィア)『生きる喜び』『ダンス II』バーンズ財団
クレブラー=ロス家切り紙絵作品群パリ国立近代美術館(ポンピドゥー)

関連記事

FAQ:よくある質問

Q1. マティスとピカソはどちらが上ですか

20 世紀絵画はこの二人の対話によって駆動されたため、上下を比べる問いは不適切です。マティスが色彩・装飾・線の純粋さを追究したのに対し、ピカソは形態・構造・破壊と再構築を追究しました。両者は意図的に異なる道を選び、互いを「補完者」と認識していました。マティスは死の直前「ピカソだけが私の絵画を本当に理解している」と語ったとされます。

Q2. 切り紙絵は絵画ですか彫刻ですか

マティス自身は「鋏で素描する(dessiner avec des ciseaux)」と表現しました。グワッシュで塗った紙を切り抜き、壁に構成して固定する手法は、絵画と彫刻、平面と立体、素描と切断の境界を解体しました。21 世紀美術が「メディウムの境界横断」を主題化する起点となっています。

Q3. 日本でマティス作品をまとめて観るには

国立西洋美術館(東京)、ポーラ美術館(箱根)、ブリヂストン美術館(現アーティゾン美術館)が良作を所蔵。2023 年の東京都美術館「マティス展」、2024 年の国立新美術館「マティス 自由なフォルム」と、近年大規模回顧展が連続しており、鑑賞機会が増えています。

続けてフォーヴィスム入門を読むと、マティスが率いた色彩革命の運動全体が見渡せます。