四角形が並んだ画面。
幼子の落書きのようでいて、宇宙の譜面のようでもある。
パウル・クレー(Paul Klee, 1879〜1940)。
バウハウスと カンディンスキーの親友であり、20 世紀でもっとも詩的な画家の一人です。
目次
クレーとは
- 1879 年スイス・ベルン近郊生まれ
- 音楽家の家庭、父は音楽教師、母は声楽家
- 本人もヴァイオリンを生涯弾く
- ミュンヘンで美術を学ぶ
- 1911 年 カンディンスキーと知り合い「青騎士(ブラウエ・ライター)」に参加
- 1933 年ナチスにより「退廃芸術家」として大学を追われる
- 1940 年スイスで皮膚硬化症(強皮症)により没
三つの転換点
① 1914 年チュニジア旅行
- マッケ・モワイエと共にチュニジア旅行
- 北アフリカの強烈な光と色彩に衝撃
- 「色彩と私はひとつになった、私は画家だ」と日記に記す
- 抽象的色面構成の出発点
② バウハウス時代(1921〜1931)
- 1921 年 バウハウス(ヴァイマール、後にデッサウ)の教師に就任
- 「造形思考」を講義、後年『教育素描帳』として刊行
- カンディンスキー・ファイニンガー・モホイ=ナジと並ぶ中心
- 「線」「面」「色彩」「動勢」の体系的講義
③ デュッセルドルフ時代(1931〜33)からスイス帰国
- 1933 年ナチスにより教職追放
- 故郷ベルンへ帰国
- ナチスは作品を「退廃芸術」展に出品
- 晩年は皮膚硬化症と闘いながら大量制作
クレーの様式的特徴
- 子どもの絵のような単純化(しかし高度な計算)
- 記号・文字・矢印の絵画化
- 音楽的構造(リズム、フーガ、対位法)
- 水彩・油彩・素描・グラフィックの自在な往還
- 9000 点を超える生涯の制作量
代表作
「セネシオ(老人の頭)」(1922、バーゼル美術館)
- 幾何学的に分割された人物の顔
- 暖色のパステル色面
- 子供の絵のような単純さ × 抽象幾何学
「ハイウェイとバイウェイ」(1929、ケルン・ルートヴィヒ美術館)
- 1928 年エジプト旅行後の代表作
- 水平の色帯による道の体系
- 1971 年シルケ・ペルカイの音楽作品の元ネタにも
「赤い気球」(1922、グッゲンハイム)
- 幾何学的色面に浮かぶ単純化された気球
- 色彩階調の練習
「死と火」(1940、ベルン・パウル・クレー・センター)
- 晩年の代表作、自身の死を予感
- 「TOD(死)」の文字を顔に隠した骸骨
- 赤・橙・黒の燃える画面
クレーの絵画理論
クレーは画家であると同時に最大の絵画理論家の一人です。
- 「点」が動いて「線」になり、線が広がって「面」になる
- 絵画は「自然と等しいもの」ではなく「自然と並ぶもの」
- 「芸術は見えるものを再現せず、見えるようにする」
- 『教育素描帳』『造形思考』など多数の理論書
音楽との関係
- ヴァイオリン奏者として生涯演奏
- バッハ・モーツァルトを愛し、絵画にフーガを援用
- 「音楽的絵画」という概念
- 「赤のフーガ」「アンチィエ・クライマー」など音楽的タイトル多数
クレーと「青騎士」
1911 年に カンディンスキーとフランツ・マルクが結成。
- ミュンヘンの前衛グループ
- クレー、マッケ、ヤウレンスキーらが参加
- 『青騎士』年鑑(1912)刊行
- 第一次大戦でマッケ・マルク戦死、グループは終焉
クレーとバウハウス
バウハウスはワイマール期ドイツの総合芸術学校でした。
- 建築・絵画・工芸・写真・舞台の統合教育
- クレーは「ステンドグラス工房」「織物工房」を担当
- カンディンスキーと並ぶ「絵画の理論」教師
- 1933 年ナチスにより閉鎖
退廃芸術と亡命
- 1933 年デュッセルドルフ・アカデミー解雇
- ナチスは 102 点を「退廃芸術」として没収
- ベルンへ帰国するも、スイスは亡命画家に冷淡
- 故国の市民権取得は没後
後世への影響
- 戦後の 抽象表現主義(マーク・トビーら)
- 戦後の絵画における「子供っぽさ」の正当化(ジャン・デュビュッフェ、コブラ)
- 現代の絵本作家への広範な影響(エリック・カール、レオ・レオニ)
- シュトックハウゼン・リゲティら戦後音楽家
主な所蔵先
- パウル・クレー・センター(ベルン):レンゾ・ピアノ設計、4000 点を所蔵する世界最大コレクション
- バーゼル美術館:「セネシオ」
- MoMA(ニューヨーク):「さえずり機械」
- ケルン・ルートヴィヒ美術館
- テート・モダン・ポンピドゥーなどにも
まとめ|クレーを読む視点
- 子どもの絵のような単純さに見えて、最も高度な絵画理論の実践
- バウハウスの中核として、線・面・色彩の体系を構築
- 音楽と詩と絵画を結び、近代美術の最も知的で詩的な領域を開いた
20 世紀前半の美術運動を学ぶ上で、カンディンスキーと並ぶバウハウスのもう一本の柱がパウル・クレーです。

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