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アール・デコとは:機械の時代の装飾

アール・デコ(Art Deco)は、第一次大戦後の 1920 年代から 1930 年代にかけて、ヨーロッパとアメリカを中心に世界的に流行した装飾様式である。名称は 1925 年のパリ「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes)」の略称に由来する。直前のアール・ヌーヴォーがうねる有機曲線を語彙としたのに対し、アール・デコは幾何学・対称・直線・ジグザグ・サンレイ(陽光放射模様)を採用し、機械化された大量生産社会と同期する装飾を打ち立てた。

建築・家具・宝飾・ファッション・グラフィック・工業デザイン・自動車・船舶・映画美術——あらゆる視覚領域に浸透し、戦間期の「モダンとは何か」を視覚化した最大の様式として機能した。

主要トピック:3 つの源泉と 2 つの極

3 つの源泉

  • キュビスム・未来派:分節化した形態と速度感の表現がデザイン語彙へ降下した(キュビスム)。
  • ロシア・バレエ団(バレエ・リュス):1909 年以降パリで人気を博し、レオン・バクストの衣装デザインがオリエンタル・装飾的色彩を提供。
  • 古代エジプト・アステカ・アフリカ:1922 年のツタンカーメン王墓発掘、1920 年代の人類学的関心が、装飾の典拠を非西洋古代文明へ広げた。

2 つの極

アール・デコは大きく二つの極を持つ。一方は豪華で職人的な側面(ジャック=エミール・ルールマンの黒檀家具、ルネ・ラリックのガラス、カルティエの宝飾)、他方は合理的で量産的な側面(クライスラー・ビルなどの建築、リチャード・S・ニュートラ住宅、家電製品の流線形)。前者は装飾運動としてのアール・デコ、後者はストリームライン・モダンとして機能主義モダニズムと交差する。

代表作・代表事例

作家/作品分野所在
ウィリアム・ヴァン・アレン/クライスラー・ビル建築1928-1930ニューヨーク
シュリーヴ・ラム&ハーモン/エンパイア・ステート・ビル建築1930-1931ニューヨーク
レイモンド・フッド/ロックフェラー・センター建築・複合都市1930-1939ニューヨーク
ルネ・ラリック/オーシャンライナー「ノルマンディー」内装ガラス工芸・船舶1935各地美術館 ほか
ジャック=エミール・ルールマン/タルディゥの執務室家具1925装飾美術館(パリ)
カッサンドル/ノルマンディー号ポスターグラフィック1935諸美術館
タマラ・ド・レンピッカ/緑のブガッティに乗る自画像絵画1929個人蔵
クリスラー、ベル&ハウエル、コダックの家電製品群工業デザイン1930s各地美術館
東京国立博物館 表慶館 改修・朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)建築1933東京

技法・特徴

  • 幾何学装飾:ジグザグ、シェブロン、サンレイ(放射)、円弧、ステップ・ピラミッド。
  • 象嵌(ぞうがん)と高級素材:黒檀・象牙・鼈甲・レザー・サメ皮(シャグリン)の組合せが家具で多用された。
  • 新素材:ベークライト(初期プラスチック)、クロムメッキ、アルミニウム、合板の積層成型。
  • ステンレスとガラス:1930 年代後半、ストリームラインの流体的フォルムが家電・自動車・機関車に拡大。
  • グラフィック・タイポグラフィ:カッサンドル、ポール・コリンらが平面化された人物・船・自動車をポスターに描き、現代のロゴデザインの基礎を築いた。
  • 映画と都市:ハリウッドのミュージカル映画(バスビー・バークレイ)、マイアミ・ビーチのホテル群が、アール・デコを大衆文化として全世界に広めた。

歴史的文脈:戦間期の楽観と機械の時代

アール・デコは、第一次大戦の傷を抱えた社会が、機械・速度・大量消費を肯定的に受け入れた瞬間の様式である。フォードのモデル T が普及し、ラジオが家庭に入り、女性参政権・流行のショート・ヘア(ボブ)・短いスカートといった社会変化が同時進行した。1929 年の世界大恐慌以降は、装飾を抑えたストリームライン・モダンへ重心が移り、第二次大戦の勃発で運動はほぼ終息した。戦後はモダニズムの「装飾排除」が主流となり、アール・デコは長らく旧式扱いを受けたが、1960 年代後半のレトロ再評価から再びクラシックとなり、2020 年代の現在も都市建築・宝飾・グラフィックの基礎語彙として参照され続けている。

世界へのひろがり

  • ニューヨーク:マンハッタンの摩天楼群(クライスラー、エンパイア・ステート、ロックフェラー・センター)が様式を象徴。
  • マイアミ・ビーチ:パステルカラーのホテル群(オーシャンドライブ周辺)が地区を成し、現在は歴史地区として保存。
  • 上海:1920〜30 年代の租界期に外灘の銀行建築群、ペース・ホテル、グランド・シアターが建ち、アジア最大級のアール・デコ都市となった。
  • ムンバイ(旧ボンベイ):マリーン・ドライブの集合住宅群が世界遺産に登録され、ニューヨークに次ぐ規模のアール・デコ群を形成。
  • 東京:朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)はラリックのガラス扉とアンリ・ラパンの内装を備え、日本国内最高水準のアール・デコ建築。

影響・後世

  • 戦後モダニズム:装飾を排した国際様式へ受け継がれつつも、ストリームラインの流体性は工業製品(家電・自動車・玩具)として残った。
  • ポストモダン:1980 年代、マイケル・グレイヴス、フィリップ・ジョンソンの建築がアール・デコを引用し、装飾の復権を宣言した。
  • 現代映画・ゲーム:「ブレードランナー」「グレート・ギャツビー」「バットマン」シリーズ、ゲーム「BioShock」など、未来都市と過去の交差を描く作品が、ほぼ例外なくアール・デコを参照する。
  • ラグジュアリーブランド:カルティエ、ブシュロン、ヴァン クリーフ&アーペルの宝飾は、現在もアール・デコ期の幾何学を再生産し続けている。

アール・デコと女性のイメージ

アール・デコは、第一次大戦後に拡大した「新しい女性(La Garçonne/flapper)」のイメージを視覚化した運動でもある。短いボブヘア、ビーズの装飾的な短いドレス、シガレット・ホルダー、自動車を運転する女性——タマラ・ド・レンピッカの「緑のブガッティに乗る自画像」(1929)はその到達点である。レンピッカ自身、ポーランド貴族出身の女性画家として国境を越えてキャリアを築き、男性中心の前衛画壇とは別に「上流層向けのモダン肖像画」というジャンルを成立させた。映画『シカゴ』『華麗なるギャツビー』『ダウントン・アビー』など、現代の戦間期映像作品は、ほぼ例外なくアール・デコ期のジェンダー表現を視覚モチーフとして引用する。

建築の高さ競争と摩天楼

アール・デコは「世界一高いビル」をめぐる競争の様式でもあった。1929 年に着工したクライスラー・ビル(ウィリアム・ヴァン・アレン)は、77 階・319m で完成時に世界一を達成したが、わずか 11 ヶ月後にエンパイア・ステート・ビル(102 階・381m、1931)に抜かれる。両者の尖塔・後退(セットバック)・装飾モチーフ(クライスラーの自動車部品の意匠、エンパイアの放射状鋭角)は、産業の力と国民の威信を、装飾的に可視化する競争の到達点だった。1929 年世界恐慌の直前と直後にかけて建てられたこれらの摩天楼は、「楽観的な機械の時代」が崩れ落ちる瞬間に、その理想を最も純粋な形で凍結保存した記念碑として機能している。

ストリームライン・モダン:日用品の革命

1930 年代後半、デザイナー レイモンド・ローウィ、ヘンリー・ドレイファス、ノーマン・ベル・ゲデスらが、機関車・冷蔵庫・トースター・電話機・ラジオに「流線形(streamline)」を導入した。ローウィの GG-1 機関車(1934)、ドレイファスのベル電話機 Model 302(1937)は、20 世紀後半のあらゆる工業デザインの祖型となる。「形は機能に従う」(ルイス・サリヴァン)というモダニズムの原則と、アール・デコの装飾性が一つの製品の中で和解した、希少な時代の産物である。

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続けてアール・デコとモダニズム・デザインを読むと、装飾と機械の関係を変えた 1920 年代パリの空気感を、より具体的な作品として追体験できる。