パイプの絵の下に、こう書かれている。
「これはパイプではない(Ceci n’est pas une pipe)」。
絵に描かれたパイプは、煙草を吸えない。
だから「パイプの絵」であって「パイプ」ではない。
そんな当たり前の事実を、絵画にした男がいました。
ベルギーの画家、ルネ・マグリット(René Magritte, 1898〜1967)です。
目次
マグリットとは
- 1898 年、ベルギー・レシーヌ生まれ
- 14 歳のとき、母が川に身を投げて自殺。発見時、ナイトガウンが顔を覆っていた
- ブリュッセル王立美術アカデミーで学ぶ
- 1927〜30 年、パリでブルトンらシュルレアリスム運動に参加
- その後ブリュッセルに戻り、市民的な暮らしの中で制作を続ける
- 1967 年、膵臓癌で没
マグリットの絵画的特徴
日常品の異化
- パイプ、林檎、山高帽、扉、雲、鳥、岩
- 個々の物は写実的に描かれる
- しかし組み合わせ・配置・スケールが現実とずれる
- 「見慣れたもの」が「見たことのないもの」に変わる
言葉と画像の分離
- 「イメージの裏切り」(1929、ロサンゼルス・カウンティ美術館)
- パイプの絵に「これはパイプではない」と書く
- 絵画=対象そのものではなく、対象の表象に過ぎない
- 哲学者ミシェル・フーコーが同題の評論で詳しく分析
顔の隠蔽
- 布で顔を覆う「恋人たち」(1928、MoMA)
- 林檎で顔を隠す「人の子」(1964)
- 後ろ姿の「複製禁止」(1937)
- 母の自殺記憶との関連が指摘される
主要作品
| 作品 | 年 | 所蔵 |
|---|---|---|
| イメージの裏切り | 1929 | ロサンゼルス・カウンティ美術館 |
| 恋人たち | 1928 | MoMA |
| ピレネーの城 | 1959 | イスラエル博物館 |
| 光の帝国 | 1953-54 | ベルギー王立美術館ほか連作 |
| 人の子 | 1964 | 個人蔵 |
| ゴルコンダ | 1953 | メニル・コレクション |
| 複製禁止 | 1937 | ボイマンス美術館 |
「光の帝国」連作
- 家屋と街灯:夜の闇
- 空:真昼の青空と白い雲
- 同じ画面に「夜」と「昼」が共存する矛盾
- マグリット最大の人気作、17 点以上の異版
- 合理的に説明できない「気配」を絵画化
シュルレアリスム運動の中での位置
- ダリ:精神分析的「夢の劇場」、ねじれた時間
- マックス・エルンスト:偶然性の技法(フロッタージュ・コラージュ)
- マグリット:論理的な「概念のずれ」
- 「無意識の暴走」より「醒めた哲学」型のシュルレアリスム
商業デザインとの並走
- 1930-40 年代、生活費のため広告・楽譜表紙を多数手掛ける
- そのデザイン感覚がのちのポップアートに影響
- アップル「リンゴ」ロゴ、ビートルズ「アップル・レコード」など、20 世紀後半の商業ヴィジュアルを変えた
後世への影響
- ウォーホル・ポップアート:日常品の指名と複製
- ジャスパー・ジョーンズ:旗・標的の絵画化
- 映画「マトリックス」「ハリー・ポッター」等のヴィジュアル引用
- 横尾忠則・村上隆ら現代日本作家
- 哲学:フーコー『これはパイプではない』(1973)
主な所蔵先
- マグリット美術館(ブリュッセル):250 点超、世界最大コレクション
- ベルギー王立美術館:「光の帝国」など主要作
- MoMA(ニューヨーク):「恋人たち」「複製禁止」
- テート・モダン(ロンドン):複数
- 京都市京セラ美術館・ポーラ美術館:日本国内の主要収蔵
まとめ|マグリットを読む視点
- 日常品を写実的に描きながら、組み合わせで現実を解体する画家
- 言葉と画像の関係を絵画的に問い直した最初の作家
- シュルレアリスムの「論理派」、20 世紀後半の視覚文化に決定的な影響
あわせて 20 世紀前半の美術 や ダリ「記憶の固執」 を読むと、シュルレアリスムの幅が見えてきます。

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