ラウシェンバーグとジャスパー・ジョーンズ|ネオダダがポップアートに架けた橋
1950 年代後半のニューヨーク。
ジャクソン・ポロックの死(1956)から数年。抽象表現主義の英雄主義が頂点に達した直後、二人の若い画家が静かに方向転換を起こします。
ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg, 1925-2008)とジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns, 1930-)。彼らは絵画から「内面の表出」を引き剥がし、日常の事物そのものを画面に持ち込みました。
後に「ネオダダ」(Neo-Dada)と呼ばれるこの動きは、ポップアート や コンセプチュアル・アート へと続く 60 年代美術の出発点になりました。
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名画の“すごさ”を、自分の言葉で語れるようになる
ルネサンス、バロック、印象派、ゴッホ、モネ、ダ・ヴィンチ――
知っている名前が、歴史の流れの中でつながりはじめます。
- 絵を見ても感想が出てこない
- 美術館でどこを見ればいいかわからない
そんな状態から、作品の背景・時代・画家の意図まで楽しめる教養へ
前提知識不要|動画で学べる
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二人の出会いと活動拠点
- 1954 年、ニューヨーク・パールストリートのスタジオで隣人になる
- 当時の伴侶でもあり創造的パートナー
- 共通の友人にジョン・ケージ(作曲家)、マース・カニングハム(振付家)
- ブラックマウンテン・カレッジでの体験が制作姿勢を決定
- 抽象表現主義の「主観の絶対化」から距離を取る方向で一致
ラウシェンバーグ:コンバインの発明
1. コンバイン(Combine)とは
- 絵画と彫刻の境界を消去する作品形式
- キャンバスに古新聞・写真・布・実物のオブジェを貼り込む
- 《モノグラム》(1955-59):剥製の山羊にタイヤを巻きつけた代表作
- 《ベッド》(1955):自分の寝具に絵具を垂らした「絵画になったベッド」
- 「絵画と人生のあいだの隙間」で作る、と語った
2. シルクスクリーン絵画
- 1962 年以降、報道写真・宇宙開発映像をシルクスクリーン転写
- 《リトリーヴァル》《追跡》などケネディ暗殺前後の時代を映す
- 同じ手法を アンディ・ウォーホル も採用、ポップアートに合流
ジャスパー・ジョーンズ:記号としての絵画
1. 《旗》(Flag, 1954-55)
- 新聞紙にエンカウスティック(蝋画)でアメリカ国旗を描く
- 「旗の絵」なのか「旗そのもの」なのか判断不能
- 表象(representation)と物自体(thing)の差を消す
- 「すでに知っているもの」を描くことで、絵画行為を脱英雄化
- 所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)
2. 標的・数字・アルファベット
- 《標的と4つの顔》(1955):的の上に石膏顔の箱
- 《0 から 9》(1958-61):重ね合わさった数字の連作
- 「すでに記号として存在するもの」だけを描く戦略
- 意味の発生を絵画の外部に委ねる態度
ネオダダの思想的射程
| 項目 |
抽象表現主義 |
ネオダダ |
| 絵画観 |
内面の表出 |
日常の事物の提示 |
| 主体 |
英雄的画家 |
匿名の編集者 |
| 素材 |
絵具と筆 |
新聞・写真・既製品 |
| 意味 |
普遍・崇高 |
偶然・冷淡 |
| 系譜上の参照 |
シュルレアリスムの自動記述 |
デュシャン のレディメイド |
「ダダ」を「ネオ」と冠する意味
- 1916 年のチューリッヒ・ダダ(反芸術運動)の系譜を継ぐ
- デュシャンの作品が 1950 年代に再評価された影響大
- ただしダダの政治的怒りは抑制され、より中立・冷静
- 「絵画の内側」ではなく「絵画と現実の境界」を主題化
ポップアートへの橋渡し
- 「日常の事物を画面に取り込む」発想がポップアートの前提
- シルクスクリーンの大量複製手法をウォーホルが継承
- ロイ・リキテンスタイン はジョーンズの「すでにある記号」戦略を漫画コマで展開
- 1962 年シドニー・ジャニス画廊「新しいリアリスト展」で接続が公的に
主要所蔵美術館
- ニューヨーク近代美術館(MoMA):両者の代表作多数
- ホイットニー美術館(NY):アメリカ美術の文脈で展示
- サンフランシスコ近代美術館:ラウシェンバーグ大作群
- ポンピドゥー・センター(パリ):ヨーロッパ受容の窓口
関連年表
- 1953:ラウシェンバーグ《消去されたデ・クーニング》(先輩世代の絵を消す行為)
- 1954:ジョーンズ《旗》制作開始
- 1958:レオ・キャステリ画廊でジョーンズ初個展、即日完売
- 1964:ラウシェンバーグがヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞
- 1973:ジョーンズが《国旗》連作完成
まとめ|ネオダダを読む視点
- 抽象表現主義の主観主義に対する冷静な反撃
- 絵画と日常の境界を意識的に曖昧にした
- ポップアート・コンセプチュアル・アートの直接の前駆
- 「すでにあるもの」を提示する態度が現代美術の主要モードに
続けて アンディ・ウォーホル全像 や コンセプチュアル・アート入門 を読むと、戦後アメリカ美術の流れが立体的に見えてきます。
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