赤い羽根のドレスが翻り、黒いシルエットの男が手前で踊る。
1891 年、モンマルトルの街角に貼られた一枚のポスターが、グラフィック・デザインの歴史を変えました。
作者は アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec, 1864〜1901)。
19 世紀末パリの夜の都を、もっとも鋭い眼で記録した画家です。
目次
ロートレックとは
- 1864 年、南仏アルビの伯爵家に生まれる
- 近親婚による先天性疾患(濃化異骨症)で発育障害、身長 152cm
- パリで マネ派・印象派の影響を受けつつ独自路線
- 夜のモンマルトルに通い、踊り子・娼婦・芸人と親交
- 1901 年、36 歳で病没(梅毒・アルコール依存)
モンマルトルの夜
19 世紀末パリ北部モンマルトルは、新興の歓楽街でした。
- キャバレー「ル・シャ・ノワール(黒猫)」(1881 開業)
- ダンスホール「ムーラン・ド・ラ・ガレット」(ルノワールも描く)
- ムーラン・ルージュ(赤い風車、1889 開業)
- 新興中産階級と労働者・芸人が混じり合う「夜の民主主義」
ロートレックはここで生活し、絵を描きました。
ポスターの革命
「ムーラン・ルージュ:ラ・グーリュ」(1891)
- 身長 1.7m の巨大カラーリトグラフ
- 3 色(黄・赤・黒)で世界を構成
- 前景の男(ヴァランタン)の黒シルエット、後景のラ・グーリュ
- パリの街頭に貼られた瞬間に話題沸騰、版画ファンが盗む事件続出
その他の名ポスター
- 「ジャヌ・アヴリル」(1893)
- 「ディヴァン・ジャポネ」(1893)
- 「アリスティード・ブリュアン」(1893)
30 数点のポスターは、商業デザインを「芸術」に変えました。
ジャポニスムとグラフィック
ロートレックは 浮世絵から決定的な影響を受けます。
- 輪郭線で平面を仕切る
- 大胆な余白とトリミング
- 真俯瞰や急角度の視点
- 色面の単純化
- ベタ刷りの色面構成
歌麿・ゴッホと並び、19 世紀西洋ジャポニスムの代表選手です。
絵画の代表作
「ムーラン・ルージュにて」(1892-95、シカゴ美術館)
- 夜のホールに集う芸人・常連・客
- 右下の青く照らされた女性の顔(メイ・ミルトン)が画面を切り裂く
- 映画的なフレーミング
「サロン・ド・ラ・リュ・デ・ムーラン」(1894、アルビ)
- 娼館の待合室で順番を待つ娼婦たち
- 客の視点ではなく、彼女たちの日常としての労働
- センセーショナルな主題を、ドキュメンタリー的に描く
「ラ・グーリュ」「ジャヌ・アヴリル」「イヴェット・ギルベール」連作
- 同じ踊り子を絵画・素描・ポスター・パンフレットで多角的に描く
- 「セレブリティ」概念の絵画的形成
版画の革新
- カラー リトグラフの最高峰
- 30 数点のポスター、300 点以上の挿絵・歌曲表紙
- クラッシュ(吹き付け)技法の独自開発
- 素描的な線、印刷向けの色面分離
後世への影響
- 20 世紀グラフィック・デザインの源流
- ピカソ青の時代の人物像
- 「ムーラン・ルージュ」(バズ・ラーマン監督、2001)など映画文化への循環
- 戦後ロックや広告美術にも引用が止まらない
主な所蔵先
- トゥールーズ=ロートレック美術館(アルビ、生家所在地):世界最大コレクション
- オルセー美術館:「ムーラン・ルージュにて踊る」「化粧の女」
- シカゴ美術館:「ムーラン・ルージュにて」
- MoMA:ポスター連作
まとめ|ロートレックを読む視点
- 「夜の都市」を画題に押し上げた最初の本格画家
- ジャポニスムを最も深く吸収したフランス画家の一人
- 商業ポスターを芸術に変え、20 世紀デザインを準備
19 世紀西洋美術の終わりを語るとき、印象派・新印象派・ナビ派と並んで、彼の都市の夜は外せない章です。

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