森の中、絹のドレスをまとった貴婦人と紳士が歩み寄る。
愛と理想の島、シテール島へ向かう小さな船が見える。
金色の光、過ぎ去る瞬間。
「フェット・ギャラント(雅な集い)」と呼ばれた絵画ジャンルを生み出した画家、アントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau, 1684〜1721)です。
目次
ヴァトーとは
- 1684 年、フランス北部ヴァランシエンヌ生まれ(当時はスペイン領フランドル、1678 年にフランス併合)
- 家業は屋根葺き職人
- 1702 年頃、無一文でパリへ徒歩で移動
- 初期は装飾画家クロード・ジロー、後に劇場装飾家クロード・オードランの工房で修業
- 1709-12 年:ローマ賞 2 等、画家として独立
- 1717 年:「シテール島への巡礼」で王立絵画アカデミー入会
- 結核が悪化、1719-20 年ロンドンへ転地療養
- 1721 年、ノジャン=シュル=マルヌで死去、享年 36
フェット・ギャラント(fête galante)とは
- 1717 年、王立絵画アカデミーがヴァトーの作品ジャンルとして新設
- 「貴族・市民が屋外の庭園や森で恋・音楽・会話を楽しむ集い」を描く絵画
- 歴史画・神話画より低位だが、風俗画より上位という独自の格
- 17 世紀のフランドル風俗画とバロック装飾画の融合
ロココとは何か
- 1700 年代前半、ルイ 14 世死去(1715)後にフランスで興った装飾的様式
- 「ロカイユ(rocaille、岩石・貝殻装飾)」が語源
- 非対称、軽快、優雅、官能、私的
- バロックの重厚さ・宗教性に対する反動
- ヴァトー → ブーシェ → フラゴナール と展開
主要作品
「シテール島への巡礼」(1717、ルーヴル美術館)
- 129 × 194 cm、油彩・カンヴァス
- アカデミー入会作(受賞作品 morceau de réception)
- 船に乗って愛と美の女神ヴィーナスの聖地へ向かう貴族たち
- 左から右へ、語らい・立ち上がり・船へ向かう動きの三段階
- ベルリン版(シャルロッテンブルク宮殿):1718 年制作の異版
「ピエロ(旧称ジル)」(1718-19、ルーヴル美術館)
- 184 × 149 cm、白衣のコメディア・デラルテ役者を等身大で正面描写
- 背景の他の役者は嘲笑・無関心、孤立した中央人物
- 道化に託したヴァトーの自画像説
- 20 世紀のピエロ表象(ピカソ・シャガール)の遠い源流
「ジェルサンの看板」(1720、シャルロッテンブルク宮殿)
- 166 × 306 cm、画商エドメ・フランソワ・ジェルサンの店頭看板として制作
- 絵画店内部の風景、ルイ 14 世肖像画の梱包場面
- 絵画市場・旧時代の終焉を象徴
- 2 週間で完成、最晩年の傑作
「ヴェネツィア人の祭り」(1717、スコットランド国立美術館)
- ヴェネツィアン・コスチュームでの集い
- 背景の彫刻・噴水とともに、舞台装置的な構図
「メズタン」(1717-18、メトロポリタン)
- コメディア・デラルテのキャラクター、メズタン役の男
- ピンクの衣装、リュートを抱えた孤独な像
ヴァトーの絵画的特徴
素描の重視
- 「3 色チョーク(trois crayons)」:赤・黒・白のチョーク併用
- パステル粉と組み合わせ、肌・絹・髪の質感を再現
- 1700 点超の素描が現存、油彩より多い
劇場との関わり
- パリのコメディ・フランセーズ、コメディ・イタリエンヌに通う
- 役者・道化・楽士が頻繁に登場
- 絵画を一場の幕として演出
音楽性
- リュート・ギター・ハープシコードが多くの作品に登場
- 同時代音楽家フランソワ・クープランとの感性的並走
ヴァトーの工房と弟子
- パテール(Jean-Baptiste Pater, 1695-1736):唯一の正式弟子
- ニコラ・ランクレ(1690-1743):ジロー門下からヴァトー流へ
- 二人がフェット・ギャラントを継承し普及
ロココ絵画への影響
- フランソワ・ブーシェ(1703-70):神話を装飾化
- ジャン=オノレ・フラゴナール(1732-1806):「ぶらんこ」など
- イギリス:トマス・ゲインズバラの肖像背景
- ドイツ・ポーランド:宮廷装飾の主流
晩年のロンドン渡航と病
- 1719-20 年、結核治療のため有名医師リチャード・ミードを頼ってロンドン
- 霧と寒さで悪化、半年で帰国
- ノジャン=シュル=マルヌで友人エトル・グラル医師宅にて療養
- 1721 年 7 月没、最期に「ジェルサンの看板」未完成部を案じたという
美術史的評価の変遷
- 18 世紀:弟子・ファンの限定的評価
- 19 世紀:エドモン・ド・ゴンクール兄弟『18 世紀の美術』(1875)で再評価
- 20 世紀:象徴主義・モダニズムにとっての先行者
- 21 世紀:ロココ研究の中心的画家、メランコリーの哲学者
主な所蔵先
- ルーヴル美術館:「シテール島への巡礼」「ピエロ」
- シャルロッテンブルク宮殿(ベルリン):シテール版第 2 版・「ジェルサンの看板」
- ロンドン・ウォレス・コレクション:「音楽会の集い」
- メトロポリタン美術館・スコットランド国立美術館
- エルミタージュ美術館:「メズタン」
まとめ|ヴァトーを読む視点
- ロココ絵画の出発点、フェット・ギャラントというジャンル自体の創設者
- 劇場・音楽・素描を融合した、メランコリックで雅な世界
- 36 歳で没した夭折の天才、再評価が 19 世紀以降に進む
続けて ロココとフラゴナール や バロック・ロココ美術の全体像 を読むと、18 世紀フランスの優雅な美意識が立体的に見えてきます。

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