顔を両手で押さえ、口を大きく開けて叫ぶ人物。
ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが描いた「叫び」は、近代人の不安を視覚化した代表作として広く知られています。
本作は19世紀末ヨーロッパで広がった象徴主義の到達点に位置し、20世紀の表現主義への橋渡しをした作品です。
目次
叫びとはどんな絵か
- 制作年: 初代1893年(以後複数バージョンあり)
- 素材: 厚紙にテンペラ・パステル・油彩(バージョンにより異なる)
- サイズ: 縦91 × 横73.5 cm
- 所蔵: ナショナル・ギャラリー(オスロ)/ムンク美術館ほか
ムンクは「叫び」を絵画・パステル・リトグラフで複数回制作しており、それぞれ細部の表現が異なります。
制作のきっかけ
ムンクは日記に、本作の発端となった体験を書き残しています。
「友人と道を歩いていた。日が沈み、空は突然血のように赤くなった。私は疲れて立ち止まり、欄干にもたれた。…自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」
- 場所はオスロ郊外のエーケベルグ橋付近とされる
- 赤い空はクラカトア火山(1883年)の噴火による異常気象との説も
- 個人的な体験を、普遍的な感覚に翻訳した一枚
叫ぶのは誰か
多くの人は、画面中央の人物が叫んでいると思いがちです。
しかしムンクの言葉によれば、叫んでいるのは自然そのもの。
- 中央の人物は、自然の叫びに耳を塞いでいる側
- 口を開いているのは、聞こえてしまった恐怖の反応
- 背後の二人は、何も気づかず歩き続ける
近代人の感覚を超越した存在からの、聞こえないはずの叫び——それが主題です。
線と色彩の処理
本作の不安感は技術的にも周到に作られています。
- 空は燃えるような赤・橙・黄の波打つ筆触
- 水面と遠景は冷たい青緑の長い曲線
- 橋だけが鋭い直線で画面を切る
- 中央の人物の頭は、骸骨を思わせる卵型
有機的な曲線と幾何学的な直線の対比が、画面に強い緊張をもたらします。
象徴主義からの位置づけ
19世紀末のヨーロッパでは、目に見える現実より内面の感情を描こうとする象徴主義が広がっていました。
- ゴーガンのタヒチ作品
- ベルギーのクノップフ、ドイツのベックリン
- ムンクはこれらを北欧の風土と結びつけ、独自の魂の絵画を確立
表現主義への影響
本作は20世紀の表現主義の出発点とも言える存在です。
- ドイツ表現主義の「橋」派(ブリュッケ)に直接的影響
- 戦後のフランシス・ベーコンらにも継承される
- 「叫び」は、絵画が描くべきは情緒であるという思想を象徴
後世のアイコン化
- 映画『スクリーム』のマスクをはじめ、大衆文化に無数の引用
- 2012年、パステル版が約123億円で落札(当時最高記録)
- シンプルな構図と強い感情表現は、ミーム的に世界へ広がった
まとめ|叫びを見るための視点
- 叫んでいるのは自然であり、人物はそれを耳を塞いで聴く
- 赤い空と青緑の風景の対比が、近代人の不安を形にする
- 象徴主義から表現主義への、19世紀末から20世紀への結節点
19世紀西洋美術の最後を飾るとともに、20世紀の心の絵画を切り開いた一枚として、本作は今も世界中で参照され続けています。

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