運河と潟(ラグーナ)に光が踊る街、ヴェネツィア。
16 世紀、ここに ルネサンスのもう一つの中心がありました。
その頂点に立つのが ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(Tiziano Vecellio, 1488/90〜1576)です。
目次
ヴェネツィア派とは
- 15〜16 世紀、ヴェネツィアを中心に形成された絵画の系譜
- フィレンツェの「線描(disegno)」に対し「色彩(colorito)」を重視
- 油彩キャンバスを早期に普及(湿気に強い、運搬しやすい)
- 水と光、肌色のニュアンスへの並外れた感受性
ティツィアーノとは
- 1488/90 年頃、北イタリアのカドーレ生まれ
- ベッリーニ工房で修業、ジョルジョーネと共に共同制作
- 神聖ローマ皇帝カール 5 世、スペイン王フェリペ 2 世から寵愛
- ヨーロッパ全宮廷の肖像画家になる
- 88 歳前後でペスト没、晩年まで筆を握る
ヴェネツィア派の系譜
| 画家 | 役割 |
|---|---|
| ジョヴァンニ・ベッリーニ(1430頃〜1516) | ヴェネツィア派の祖、油彩を導入 |
| ジョルジョーネ(1477頃〜1510) | 大気・詩情・牧歌の発明者 |
| ティツィアーノ(1488/90〜1576) | 16世紀の頂点、肖像と神話画 |
| ティントレット(1518〜1594) | 劇的な構図・斜光・大画面 |
| ヴェロネーゼ(1528〜1588) | 豪華な色彩・宴会画の名手 |
ティツィアーノの代表作
「聖母被昇天」(1516〜18、フラーリ教会)
- 巨大な祭壇画、上昇する構図のドラマ
- 赤・青・金の絶妙な色彩
- ヴェネツィア派絵画の出発点
「ウルビーノのヴィーナス」(1538、ウフィツィ)
- 横たわる裸婦の決定版
- マネ「オランピア」の直接の源流
- 聖性を脱ぎ、人間の身体としてのヌード
「カール5世騎馬像」(1548、プラド)
- 政治的肖像画の頂点
- 馬上の皇帝、夕焼けの戦場
- 後の ベラスケスへ
「ピエタ」(1576、アカデミア美術館)
- 未完の遺作、自身の最期を予感
- 晩年の「指筆(dito)描き」、ぼかしと筆触の革命
- のちの印象派に通じる絵肌
「色彩」とは何だったか
ヴェネツィア派が重視した colorito の核心:
- 下塗りからの層を重ねる油彩多層技法
- 輪郭線を消し、色面と筆触で形をつくる
- 大気・湿気・光の質感を画面に閉じ込める
- 感覚の絵画、論理の絵画ではない
晩年の革新
- 指で絵具を直接塗り込める「dito 描き」
- 未完成のような筆致、奔放な絵肌
- 近距離だと混沌、遠くから見ると形が立ち上がる
- ベラスケス、ルーベンス、レンブラント、後期マネへの直系
ヴェネツィア派が西洋絵画にもたらしたもの
- 油彩キャンバスの普及
- 大画面の祭壇画・天井画の伝統
- 「色で描く」という発想の確立
- 16 世紀後半マニエリスムを越え、バロックへの橋渡し
主な所蔵先
- プラド美術館(マドリード):世界最大の ティツィアーノコレクション
- ウフィツィ美術館:「ウルビーノのヴィーナス」
- アカデミア美術館(ヴェネツィア):「ピエタ」
- ルーヴル美術館:「田園の合奏」(ジョルジョーネと共作とも)
- サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂:「聖母被昇天」
まとめ|ヴェネツィア派を読む視点
- 線描のフィレンツェに対し、色彩のヴェネツィア
- ティツィアーノは肖像・神話・宗教画すべてに頂点
- 晩年の筆触はバロック・近代絵画への扉
バロック以降の油彩表現を理解するうえで、必ず通過する地点がティツィアーノです。

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