「彼は、絵を再び自然の似姿に戻した最初の人物だった」――ボッカッチョ(『デカメロン』第六日第五話)。
13 世紀末、絵画は劇的に変わりました。
変えた人物の名は ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone, 1267 頃〜1337)。
後の ルネサンス 絵画は、ジョットなしには始まりませんでした。
目次
ジョットとは
- 1267 年頃、フィレンツェ近郊の山村ヴェスピニャーノ生まれ
- 師:チマブーエ(ビザンティン様式末期のフィレンツェ画家)
- 羊飼いの少年だったジョットを、岩に羊を描いていたところを見つけたチマブーエが弟子にしたという伝説
- 1305 年頃パドヴァ・スクロヴェーニ礼拝堂のフレスコで画期的な革新
- 1337 年没、フィレンツェ大聖堂の鐘楼設計者
ビザンティン様式とは何が違ったか
| ビザンティン様式(チマブーエ以前) | ジョット | |
|---|---|---|
| 背景 | 金地(聖性の象徴) | 青空・建築・岩山(現実空間) |
| 身体 | 細長く、衣文は線 | ボリュームを持った塊 |
| 表情 | 無感情・聖像的 | 悲しみ・驚き・怒りの感情表現 |
| 空間 | 平面的 | 奥行きを示唆する遠近法の萌芽 |
| 主題 | 聖性の固定的提示 | 聖書を「いま起きている劇」として描く |
スクロヴェーニ礼拝堂(パドヴァ)
ジョットの最高傑作。フレスコ 画の到達点です。
- 1305 年頃完成、パドヴァの銀行家エンリコ・スクロヴェーニの依頼
- 父レジナルドの高利貸罪を償う贖罪の礼拝堂として
- 側壁に三段、計 38 場面のキリスト・聖母伝
- 後壁に「最後の審判」全面構成
- 下層には「諸徳と諸悪徳」のグリザイユ(モノクロ)擬古典彫刻
主な場面
- 「ヨアキムの追放」:背景の岩山と羊飼いの簡素なリアリティ
- 「ヨアキムとアンナの出会い」:黄金門での抱擁、伏し目の感情表現
- 「キリストの捕縛(ユダの接吻)」:黄色いマントが渦巻く、群衆と視線の交錯
- 「キリストの哀悼(ピエタ)」:天使たちが空中で泣き、人間が地で慟哭する
「キリストの哀悼」の革新
- 画面手前にうずくまる女性たちの背中
- 背中で観者を画面に引き込む構図
- 聖母マリアがキリストの顔に頬を寄せる、母としての悲嘆
- 天使は擬人化され、空中で身もだえる
- 右上から左下への斜めの岩稜が、視線をキリストに集める
この感情の重さは、それまでの宗教絵画にはありませんでした。
アッシジ・サン・フランチェスコ聖堂
- 上聖堂:「聖フランチェスコ伝」フレスコ 28 場面(1290 年代)
- ジョット工房作とされ、近年は若き日のジョット説が有力
- 聖人伝に「庶民の生活」と建築描写を持ち込む
- 初期ルネサンス絵画の出発点として教科書的に扱われる
サンタ・クローチェ聖堂(フィレンツェ)
- バルディ礼拝堂:「聖フランチェスコ伝」
- ペルッツィ礼拝堂:「洗礼者ヨハネ伝」「福音書記者ヨハネ伝」
- 晩年(1320 年代)の到達
板絵の代表作
- 「オニサンティ(諸聖人)の聖母」(1310 頃、ウフィツィ)
- サイズ 325 × 204cm の大祭壇画
- ビザンティン的な構図ながら、聖母の身体に量感
- 玉座の遠近法的処理
- 同時期チマブーエ・ドゥッチョの聖母像と比較鑑賞できる
建築家ジョット:フィレンツェ鐘楼
- 1334 年からフィレンツェ大聖堂工事監督
- 大聖堂南脇の鐘楼(カンパニーレ)の最下部を設計
- 白・緑・赤の三色大理石
- 没後アンドレア・ピサーノとフランチェスコ・タレンティが続行
「プロト・ルネサンス」とは
- 本格的ルネサンス(1420 年〜)の前段階
- 13 世紀末〜14 世紀前半の北イタリア・トスカーナ
- ジョット、ピエトロ・カヴァッリーニ、ニコラ・ピサーノ、ジョヴァンニ・ピサーノ、ドゥッチョ、シモーネ・マルティーニ
- ビザンティン様式から自然主義への移行
- ペスト(1348)と政治混乱で一旦中断
- 後にマザッチョ・ドナテッロ・ブルネレスキが再開
ジョットの後継
- タッデオ・ガッディ:直接の弟子、サンタ・クローチェ聖堂バロンチェッリ礼拝堂
- マゾ・ディ・バンコ、ベルナルド・ダッディ:14 世紀フィレンツェ画派
- マザッチョ:100 年後にジョットの空間構成を継承し本格ルネサンスへ
- レオナルド・ミケランジェロもジョットを「絵画再生の祖」として尊敬
同時代評価
- ダンテ『神曲』煉獄篇 11 歌:「絵画ではジョットが叫び、チマブーエの名は霞む」
- ボッカッチョ『デカメロン』第六日第五話:自然描写の天才と讃える
- ヴァザーリ『美術家列伝』:「絵画再生の英雄」と位置付ける
主な見学先
- スクロヴェーニ礼拝堂(パドヴァ):要事前予約、入室時間制限あり
- サン・フランチェスコ聖堂(アッシジ):上聖堂と下聖堂
- サンタ・クローチェ聖堂(フィレンツェ):バルディ・ペルッツィ礼拝堂
- ウフィツィ美術館:「オニサンティの聖母」
- ジョットの鐘楼(フィレンツェ大聖堂南脇)
まとめ|ジョットを読む視点
- 金地ビザンティン絵画から「人間の感情と空間の絵画」への転換点
- スクロヴェーニ礼拝堂はその全宇宙が凝縮された一棟
- ルネサンス・近代絵画すべての出発点と言われる所以

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