白い壁に、ただ 黒い四角 が一つ。
展示室の角、イコン(聖像画)が伝統的に置かれる聖なる位置に、その四角は掛けられていました。
1915 年 12 月、ペトログラード「0,10 最後の未来派展」。
カジミール・マレーヴィチ(Kazimir Malevich, 1879〜1935)は、シュプレマティスム(Суprematism, 絶対主義)を世に問いました。
目次
マレーヴィチとは
- 1879 年、キエフ近郊(ウクライナ・ロシア帝国領)生まれ、ポーランド系
- モスクワで美術を学ぶ
- 初期:印象派 → 後期印象派 → フォーヴィスム → ロシア未来派 →キュビスム
- 1913 年:オペラ「太陽への勝利」舞台美術で初の幾何抽象
- 1915 年:シュプレマティスム宣言と「黒い四角」発表
- 1935 年、レニングラードで没
シュプレマティスムとは
- 「至高(supreme)」を意味する造語:純粋感性の至高性を主張
- 幾何形態(四角・円・十字・直線)と数色のみで構成
- 対象(物・人・風景)を完全に排除した最初の絵画運動
- キュビスムが「対象の分析」、シュプレマティスムは「対象なき感性」
主要作品
「黒い四角」(1915、トレチャコフ美術館)
- 1915 年「0,10 展」で発表(角に掛ける配置)
- 「無の上に、新たな世界の最初の元素」(マレーヴィチ)
- 4 度描き直され、4 つの異版が現存
- 下層の絵に小さな人種差別的ジョークの落書きが近年判明、議論を呼ぶ
「赤い四角」(1915、ロシア美術館)
- 副題「絵画的写実主義:二次元の農婦」
- 「四角」は二次元という新しい現実そのもの、と宣言
「白の上の白」(1918、MoMA)
- 白地の上に角度のついた白い四角
- シュプレマティスムの極限:色と形さえも消える
- 「絶対」の達成と運動の終着点
「シュプレマティスム構成」「飛行する飛行機」(1915-17)
- 長方形・正方形・円が斜めに浮遊
- 建築的・宇宙的な空間感覚
0,10 展の革新
- 「ゼロから始める、10 人の作家」
- マレーヴィチの 39 点が中心
- タトリン(後のロシア構成主義の創始者)と並列展示
- マレーヴィチが「黒い四角」をイコン位置に掛けたことが運動の象徴
マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド
| 運動 | 創始者 | 特徴 |
|---|---|---|
| シュプレマティスム | マレーヴィチ | 純粋感性、対象なき抽象、絵画 |
| 構成主義 | タトリン、ロトチェンコ | 機能・素材・社会、彫刻・デザイン |
| ラヨーニズム | ラリオノフ、ゴンチャローワ | 光線分析、初期抽象 |
| ロシア未来派 | マヤコフスキー | 詩・パフォーマンス |
同時代に並走したが、構成主義との対立が後年深まります。
革命と教育活動
- 1917 年ロシア革命を歓迎
- 1919 年、ヴィテブスク人民美術学校でシャガール後任に就任
- UNOVIS(新美術擁立者集団)を結成、エル・リシツキーと協働
- 1920-26 年、ペトログラード/レニングラードのインヘク(芸術文化研究所)所長
建築への展開:「アルヒテクトン」
- 1920 年代、シュプレマティスムを建築模型に応用
- 白い石膏の幾何ブロックを積層した「未来都市」模型
- 後の構成主義建築、20 世紀モダニズム建築への影響
スターリン期の弾圧と「具象回帰」
- 1932 年、社会主義リアリズムが公式美学に
- 抽象絵画は「形式主義」として批判
- 1930 年、海外渡航から帰国時にゲシュタポ式取り調べを受け 2 ヶ月拘留
- 晩年は具象農民像・自画像に「回帰」
- ただしそれら作品にも「シュプレマティスト・マレーヴィチ」と署名し抵抗
- 1935 年没、シュプレマティスム棺にて埋葬されるも墓は失われた
後世への影響
主な所蔵先
- トレチャコフ美術館(モスクワ):「黒い四角」初版
- ロシア美術館(サンクトペテルブルク):「赤い四角」など主要作
- MoMA(NY):「白の上の白」「シュプレマティスム構成」
- ステデリック美術館(アムステルダム):欧米最大コレクション
- 東京国立近代美術館・大原美術館:日本国内主要収蔵
まとめ|マレーヴィチを読む視点
- 「対象なき絵画」を初めて宣言した画家
- シュプレマティスム=幾何形態と純粋感性、革命期ロシアの精神的革新
- 戦後ミニマリズム・カラーフィールドの遠い源流

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