メソポタミア美術と楔形文字|シュメール・アッカド・バビロニア──最古の文字文化が生んだ図像世界
古代メソポタミア(現イラク)は、ティグリス川とユーフラテス川の両河流域に紀元前4千年紀から文明を築き、人類最古の都市国家・楔形文字・成文法典を生み出しました。
シュメール・アッカド・古バビロニア・アッシリア・新バビロニアの諸王朝が交代しながらも、ジッグラト(聖塔)・円筒印章・神殿浮彫・神話図像という共通の美術言語を継承し、紀元前539年のペルシア征服まで4000年にわたる連続的な文化を形成しました。本稿では時代区分と彫刻・浮彫の図像、楔形文字との関係を読み解きます。
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メソポタミア史の時代区分
- ウバイド期(前6500–前4000):先史農耕、ジッグラト原型
- ウルク期(前4000–前3100):都市文明の確立、楔形文字発明
- 初期王朝時代(前2900–前2350):シュメール都市国家
- アッカド王朝(前2334–前2154):サルゴン王の統一帝国
- ウル第三王朝(前2112–前2004):シュメール再興
- 古バビロニア時代(前1894–前1595):ハンムラビ法典
- 中バビロニア・カッシート(前1595–前1155)
- 新アッシリア帝国(前911–前609):軍事大国
- 新バビロニア王国(前626–前539):ネブカドネザル2世
- アケメネス朝ペルシア征服(前539)でメソポタミア独立時代終焉
シュメール都市国家とジッグラト
- ウル・ウルク・ラガシュ・キシュ・ニップル等の都市国家
- 各都市が守護神を持ち、神殿が政治・経済の中心
- ジッグラト:階段ピラミッド型の聖塔、頂上に神殿
- 『ウルのジッグラト』(前2100頃、ウル・ナンム王建造)
- 『エテメンアンキ』(バビロン、80m級、旧約聖書バベルの塔の原型)
- 日干し煉瓦による積層構造、外側のみ焼成煉瓦で防護
- 表面に色釉煉瓦を貼った例も(新バビロニア期)
シュメール彫刻と祈願像
- 『テル・アスマルの祈願者像群』(前2700頃、シカゴ大学東洋研究所・イラク博物館)
- 大きな両眼・組んだ手・小さな口の典型的様式
- 奉納者が神殿に置き、永遠の祈りを表す
- 『ウルの軍旗』(前2600頃、大英博物館):木板に貝・ラピスラズリ象嵌
- 『ウルの牡山羊と樹』(前2600頃、ペンシルベニア大学博物館・大英博物館)
- 『プアビ女王の頭飾り』(前2600頃、ペンシルベニア大学博物館)
楔形文字の発明と発展
- 前3300頃、ウルクで原楔形文字(絵文字)出現
- 葦のスティルスで粘土板に刻む
- 当初は経済記録(穀物・家畜の取引帳簿)
- 前2900頃、絵文字から楔形に抽象化
- 音節文字・表語文字を併用
- シュメール語・アッカド語・バビロニア語・アッシリア語に応用
- ヒッタイト語・エラム語・ペルシア語にも応用
- 1835年ローリンソン、ベヒストゥン碑文より解読開始
- 『ギルガメシュ叙事詩』(前2100頃):人類最古の文学
円筒印章
- 前4千年紀後半に発明された個人識別の印章
- 石・骨・金属製、長さ2〜5cm、直径1〜2cm
- 粘土に転がして印影を残す
- 神話・宗教図像・狩猟・宴会・幾何文様
- 所有者の身分・職業を示す
- 美術史的にも極小ながら精緻な彫刻
- ルーヴル・大英博物館・メトロポリタン・東京国立博物館に多数所蔵
アッカド王朝の革新
- サルゴン王(在位前2334–前2279):世界初の領域国家統一
- 『アッカドの王頭像』(前2300頃、ニネヴェ出土、銅製、イラク博物館):個人肖像の傑作
- 『ナラム・シン王の戦勝記念碑』(前2230頃、ルーヴル):山岳を踏みしめる王
- 初の「神となる王」表現、王に角冠
- シュメール語に代わりアッカド語が公用語に
ウル第三王朝とグデア座像
- シュメール文化の最後の華
- 『ラガシュの太守グデア座像』(前2120頃、ルーヴル他世界各地)
- ディオライト(緑閃石)製、磨き上げられた表面
- 膝に建築設計図、神殿建造の発願者として描かれる
- シュメール末期の宗教・芸術の集大成
ハンムラビ法典
- 古バビロニア王ハンムラビ(在位前1792–前1750)が制定
- 『ハンムラビ法典碑』(前1754頃、玄武岩、高さ2.25m、ルーヴル)
- 282条の法令を楔形文字で刻む
- 「目には目を、歯には歯を」(タリオの法)
- 碑頭部にハンムラビ王と太陽神シャマシュの謁見浮彫
- 神から法を授かる王のイメージは後代まで継承
アッシリア帝国の浮彫芸術
- 新アッシリア帝国(前911–前609):王宮を巨大浮彫で装飾
- ニムルド(カルフ)、ニネヴェ、ホルサバド(ドゥル・シャルキン)
- 『ラマス』(人面有翼牡牛像):王宮入口の守護像
- アッシュールバニパル王の獅子狩り浮彫(前645頃、大英博物館)
- 戦争場面・狩猟場面・宗教儀礼の物語浮彫
- 背景の描写は省略、人物・動物の動勢に集中
- ニネヴェ図書館(アッシュールバニパル王):3万枚の粘土板
新バビロニアとイシュタル門
- 新バビロニア王国(前626–前539)の首都バビロン
- ネブカドネザル2世(在位前605–前562)の大規模再建
- 『イシュタル門』(前575頃、ベルリン・ペルガモン博物館に復元)
- 青色釉煉瓦で覆われ、ライオン・牡牛・ドラゴンの浮彫
- 処刑通り(行列通り)にもライオン浮彫
- 『空中庭園』(バビロンの七不思議の一つ、所在地は未確定)
- エテメンアンキ・ジッグラト(80m級、バベルの塔)
メソポタミア美術の図像主題
- 神々(アヌ・エンリル・エア・イシュタル・マルドゥク)
- 守護動物(ライオン・牡牛・蛇・ドラゴン)
- 生命の樹(パルメット文様、後代の唐草の源流)
- 有翼神霊・有翼ジン
- 王の祭祀・戦争・狩猟
- 洪水神話(ノアの方舟の原型)
ウルク期の象徴的遺物
- 『ウルクの女神頭部』(ワルカの女神、前3200頃):人類最古級の写実的女性頭像、大理石
- 『ウルクの祭祀壺』(前3000頃):3段の浮彫で豊穣祭を物語る、雪花石膏
- 『獅子狩り石碑』(前3300頃):王の獅子狩り表現の起源
- ウルクの王宮テラスとジッグラト:「白い神殿」
- 大規模灌漑農業の中心、世界最古の都市の一つ
バビロン捕囚と聖書世界
- 前586年ネブカドネザル2世がエルサレム陥落、ユダ王国滅亡
- ユダヤ人をバビロンに強制移住(バビロン捕囚)
- 前539年キュロス2世がバビロン征服、ユダヤ人帰還を許可
- キュロス円筒(大英博物館):人権宣言の原型と評される
- 旧約聖書「ダニエル書」「エズラ記」がバビロン経験を記録
- メソポタミア神話が聖書創世記・洪水物語に影響
主要博物館と所蔵作品
- イラク博物館(バグダード):本場のコレクション、戦災で損傷後復興
- 大英博物館:アッシュールバニパル王獅子狩り、ニムルド浮彫群
- ルーヴル美術館:ハンムラビ法典碑、ナラム・シン戦勝碑、グデア像群
- ペルガモン博物館(ベルリン):イシュタル門復元
- メトロポリタン美術館(NY):アッシリア浮彫
- シカゴ大学東洋研究所:テル・アスマル像群
研究文献
- Henri Frankfort, The Art and Architecture of the Ancient Orient(1954/1996)
- Zainab Bahrani, Mesopotamia: Ancient Art and Architecture(2017)
- Marc Van De Mieroop, A History of the Ancient Near East(2015)
- 前田徹『メソポタミアの王・神・世界観』(山川出版社、2003)
- 小林登志子『シュメル─人類最古の文明』(中公新書、2005)
まとめ|メソポタミア美術を読む視点
- シュメール→アッカド→バビロニア→アッシリア→新バビロニアの連続性
- ジッグラト・円筒印章・楔形文字粘土板が三大物質文化
- 『ギルガメシュ叙事詩』は人類最古の文学
- アッシリア浮彫は西洋彫刻史にも影響
- イシュタル門の青色釉煉瓦は装飾の極致
- 2003年イラク戦争による文化財被害と国際的復興努力
あわせて 古代エジプト・近東美術の全体像 や 彫刻、宗教美術 を読むと、メソポタミア美術が地中海世界・聖書世界に与えた影響をより立体的に把握できます。
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