大英博物館とは:1753 年創立、世界最古の公共博物館
大英博物館(British Museum、Great Russell Street, London)は、1753 年にイギリス議会の決議により創設された、世界最古の公共博物館の一つである。所蔵品は約 800 万件と推定され、人類史全期にわたる考古資料・美術品・文献を網羅する規模では、ルーヴル美術館・メトロポリタン美術館と並ぶ世界三大博物館に位置付けられる。年間来館者数は 600〜700 万人前後(2010 年代)で、世界でもっとも訪問される博物館の一つでもある。
創立の発端は、医師・蒐集家ハンス・スローン卿の遺贈コレクション(標本・古銭・写本・貝類など 71,000 件)であった。当初の運営方針は「学問のために、すべての国の人々に対し無料で開かれる」というもので、これは現在も維持され、入館料は無料(特別展は有料)である。
主要トピック:8 の主要部門
古代エジプト・スーダン部
大英博物館を象徴する部門。ロゼッタ・ストーン(紀元前 196 年、エジプト象形文字の解読を可能にした石碑)、ラムセス 2 世の巨像、棺・ミイラ・パピルス文書を体系展示。
古代ギリシャ・ローマ部
パルテノン・マーブル(エルギン・マーブル):1801-1812 年、エルギン伯爵がアテネのパルテノン神殿から運び出した彫刻群。返還問題で長くギリシャ政府と論争が続いている。ハリカルナッソスのマウソレイオン彫刻、ポートランドの壷も同部門。
中東部
アッシリア・新アッシリア帝国の ニムルド宮殿の壁面浮彫(紀元前 9 世紀)、ライオン狩り浮彫(アッシュルバニパル王治世)、メソポタミア楔形文字粘土板(ギルガメシュ叙事詩を含む)。
アジア部
中国・日本・韓国・南アジア・東南アジアの広範な所蔵。葛飾北斎の「冨嶽三十六景」、歌麿美人画、写楽役者絵、国芳武者絵を含む浮世絵コレクションは、日本国外で世界最大級。日本ギャラリー(92 室)は 2006 年に三菱商事の支援で改装された。
その他の部門
ヨーロッパ部(ルイス・チェスマン、サットン・フー船葬)、アフリカ・オセアニア・アメリカ部(イースター島の像「ホア・ハカナナイア」、ベニン青銅器)、コイン・メダル部、版画素描部(レンブラント・デューラー・北斎肉筆画)。
代表所蔵品
| 作品名 | 制作年・出土地 | 入手 |
|---|---|---|
| ロゼッタ・ストーン | BC196 / エジプト・ロゼッタ | 1802 ナポレオン降伏後英軍接収 |
| パルテノン・マーブル | BC447-432 / アテネ | 1816 エルギン伯収集分を購入 |
| ライオン狩り浮彫 | BC645 / 北イラク | 1850s レイヤード発掘 |
| サットン・フー船葬 | 7世紀 / イングランド東部 | 1939 発掘・遺族寄贈 |
| ルイス・チェスマン | 12世紀 / スコットランド | 1831 購入 |
| 葛飾北斎「冨嶽三十六景」 | 1830s / 江戸 | 20世紀以降複数回購入 |
| ホア・ハカナナイア(イースター島) | 11世紀頃 | 1869 英軍の遠征時持帰り |
| ベニン青銅器 | 16-19世紀 / ナイジェリア | 1897 ベニン略奪事件 |
| マーブル石棺・ポートランドの壷 | 古代ローマ | 1810 購入 |
歴史:18 世紀の啓蒙主義から 21 世紀の脱植民地的議論へ
大英博物館の創設は、18 世紀英国啓蒙主義の象徴である。「すべての知的好奇心ある者に開かれる」という公共理念は、革命後フランスのルーヴル美術館(1793 公開)に先立つ画期的な思想だった。19 世紀には大英帝国の世界進出に伴い、考古発掘隊が中東・エジプト・ギリシャ・中国に派遣され、所蔵が爆発的に拡大した。一方で、これらの収蔵経緯の多くは植民地主義的略奪・取引と一体であり、20 世紀以降、ギリシャ(パルテノン・マーブル返還)、ナイジェリア(ベニン青銅器返還)、エジプト(ロゼッタ・ストーン返還)、ボリビア・チリ(イースター島彫刻返還)など多くの返還要求が継続している。これらに対する大英博物館の方針は「世界に開かれた共有遺産としての保存」を継続的に主張するもので、一部品の貸出は実施されているが、所有権の移転には応じない方針が続く。脱植民地主義的視点から博物館の存在意義そのものが問い直されている、世界博物館史の重要な現場ともいえる。
建築と展示空間
- 本館(ロバート・スマーク設計、1823-1852):ギリシャ・リバイバル様式の白亜の大建築。ファサードには 44 本のイオニア式列柱が並ぶ。
- グレート・コート(ノーマン・フォスター設計、2000):本館中央に旧大英図書館の円形閲覧室を再生し、その周囲に巨大な屋根付き広場を設けた、近代博物館建築の代表作。3,312 枚のガラスパネルで構成された波打つ屋根は、ロンドン観光の代表的フォトスポット。
- レディング・ルーム(旧大英図書館閲覧室):マルクス、レーニン、トロツキー、ガンディー、孫文、コナン・ドイル、ヴァージニア・ウルフが利用したことで知られる。現在は特別展会場として再活用されている。
- サインクラー世界保存館(2014):ロザリンド・サインクラー・ウィング(保存・科学研究棟)。所蔵品の保存修復と研究公開を行う最新棟。
日本ギャラリー(92 室)と三菱商事
日本ギャラリー(Mitsubishi Corporation Japanese Galleries、92-94 室)は、大英博物館の日本美術部門の常設展示空間で、1990 年代に三菱商事の継続的支援を受けて整備された。北斎・広重・歌麿・写楽・国芳ら浮世絵を中核に、能面・甲冑・刀剣・縄文土器・近代日本画までを展示する。展示替えは数ヶ月単位で行われ、訪問のたびに異なる作品群に出会える。日本ギャラリー直結の特別展ホール(91 室)では「Hokusai: beyond the Great Wave」(2017)、「Manga」(2019)、「Hiroshige: artist of the open road」(2025予定)など、日本美術の大規模特別展が定期的に開催されている。これらは大英博物館の中でも特に来場者数が多く、英国における日本文化観光の中心的役割を担っている。
影響:博物館の世界モデル
- 世界博物館モデル:所蔵を分野別・地域別に体系化し、来館者に「人類史の俯瞰」を提示する展示思想は、世界各国の国立博物館建設のモデルとなった。
- 無料公開原則:英国の主要国立博物館(ナショナル・ギャラリー、テート、V&A など)は今日まで無料公開を維持しており、これは大英博物館の理念に源を持つ公共文化政策である。
- 研究機関としての役割:1881 年に大英博物館自然史部門が分離して大英自然史博物館(South Kensington)が設立され、1973 年には大英図書館が分離独立した。それでも本館は「Department of Coins and Medals」「Department of Asia」など部門単位で世界的研究機関として機能し続ける。
- デジタル公開:所蔵品約 200 万件が高解像度画像と詳細解説付きで Web 公開されており(British Museum Collection Online)、世界の研究者・学生・愛好家が無償アクセス可能。
来館ガイド
- 所在地:Great Russell Street, Bloomsbury, London WC1B 3DG。最寄り駅 Tottenham Court Road / Russell Square / Holborn 各駅から徒歩 5-10 分。
- 開館時間:10:00-17:00(金曜は 20:30 まで)。1 月 1 日、12 月 24-26 日休館。
- 入館料:無料。特別展のみ別料金(£15-20 程度)。
- 所要時間:エジプト館とギリシャ館だけで半日、全部門を見ようとすると数日が必要。多くの観光客は「ロゼッタ・ストーン → エルギン・マーブル → ミイラ → 日本ギャラリー」のハイライトコースを 2-3 時間で回る。
- 事前予約:本館自体は予約不要だが、混雑緩和のため Web 事前登録が推奨されている。
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続けてパルテノン神殿と古典様式を読むと、エルギン・マーブルとして大英博物館に収蔵される彫刻群の元の建築コンテクストが理解できる。
