高麗青磁の美|翡色から象嵌雲鶴文へ──宋磁を超えた東アジア最高の磁器が辿った250年
高麗青磁(こうらいせいじ/고려청자/Goryeo Celadon)は、10世紀後半から14世紀にかけて朝鮮半島で生産された青緑色の磁器であり、高麗時代(918–1392)の美術工芸を代表するジャンルです。
中国・越州窯の影響から出発しながら、12世紀前半に独自の 翡色(비색/ヒセク)と呼ばれる繊細な青緑発色を獲得し、12世紀後半には 象嵌技法(상감/サンガム)を世界で初めて磁器に応用するという、東アジア磁器史における二つの大きな技術的・美的革新を成し遂げました。宋徽宗の使節 徐兢 の『宣和奉使高麗図経』(1124)が「翡色は近年諸器を作るに尤工巧」と称賛するなど、宋磁を凌ぐとされる時期さえあった、東アジア工芸の至宝です。
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高麗青磁の歴史区分
- 初期(10世紀後半–11世紀):越州窯・耀州窯の影響、緑褐色
- 中期前半(11世紀末–12世紀前半):翡色青磁の完成期
- 中期後半(12世紀後半–13世紀前半):象嵌青磁の最盛期
- 後期(13世紀末–14世紀):モンゴル侵攻後の質的衰退、象嵌の硬直化
- 末期(14世紀末):粉青沙器(朝鮮王朝初期の象嵌系陶磁)への移行
翡色青磁の発色技術
- 鉄分を含む素地に、鉄分1%程度の長石釉を施す
- 還元焼成で鉄分が二価鉄となり、青緑色を発色
- 釉薬の透明度と気泡密度が独特の柔らかい青みを生む
- 胎土・釉薬・焼成温度(1200–1300℃)の三要素のバランスが鍵
- 宋・汝窯/越州窯が原型だが、釉色は半透明で深い「翡色」
- 朝鮮半島南西部の康津郡(강진군)と扶安郡(부안군)が二大産地
象嵌技法の革新
- 韓国語で상감(サンガム、象嵌)
- 素地が半乾きの状態で文様を彫り、白土と黒土を埋め込む
- 削って平らにし、釉薬を施して焼成
- 世界で初めて磁器に応用したのは高麗
- 12世紀後半に確立、13世紀前半が頂点
- 金属工芸の入糸技術(高麗銀入糸)から発展したとされる
- 白文・黒文の対比が青磁釉と相まって美しい絵画的効果
代表的な文様
- 雲鶴文(운학문):雲間を飛翔する鶴。高麗青磁象嵌の代表文様
- 菊唐草文:細やかな唐草と菊花の組合せ
- 柳下水禽文:柳の下の水鳥
- 蒲柳水禽文:池辺の植物と鳥
- 葡萄童子文:葡萄と童子の戯れ
- 蓮花文:仏教的象徴の蓮
- 牡丹文:富貴の象徴
- 魚文:豊穣の象徴
器形の多様性
- 梅瓶(매병):高麗特有の優美な肩張りの瓶
- 瓢形瓶(표형병):瓢箪形
- 注子(주자):水注・酒注
- 香炉(향로):仏前供養具
- 鳳首形水注:鳳の頭を模した特異な水差し
- 象嵌龜形水注:亀の形の水注
- 箱(合):化粧用・薬入
- 枕:陶枕(清涼な睡眠用)
国宝・重要文化財級の名品
- 青磁象嵌雲鶴文梅瓶(国宝68号、間松美術館):象嵌雲鶴文の代表作
- 青磁象嵌雲鶴蓮花文枕(国宝171号、国立中央博物館)
- 青磁陽刻竹節形花瓶(国宝169号)
- 青磁瓢形瓶(国宝116号)
- 青磁透刻七宝文蓋香炉(国宝95号、国立中央博物館):透彫の傑作
- 青磁麒麟蓋香炉(国宝65号、間松美術館)
- 青磁陽刻牡丹文鶴首瓶(国宝168号)
- 青磁象嵌牡丹文水注(国宝133号)
主要産地:康津と扶安
- 朝鮮半島南西部・全羅南道康津郡大口面に大規模窯址群
- 沙堂里・龍雲里・桂栗里など20数ヵ所の発掘調査
- 全羅北道扶安郡保安面柳川里も主要産地
- 両地とも王室・寺刹向けの最高級品を生産
- 海路で開京(現・開城)の宮廷へ運ばれた
- 1971年以降の発掘調査で生産工程が解明
『宣和奉使高麗図経』の証言
- 1123年、宋徽宗が徐兢を高麗使節として派遣
- 翌年帰国後、徐兢が『宣和奉使高麗図経』(40巻)を撰
- 巻32「器皿三」に「陶尊」「陶炉」の項あり
- 「陶器色之青者、麗人謂之翡色、近年以来製作工巧、色澤尤佳」
- 「翡色」の語の初出文献として最重要
- 当時の宋から見て高麗青磁が高評価だったことを示す
海底引揚遺物
- 新安沖沈船(1976発見):14世紀元・寧波-博多間沈船、青磁多数
- 泰安・馬島沖沈船:高麗青磁を多数積載した運搬船
- 馬島1号船(2008発見):青磁象嵌器一括、木簡で「耽津」と判明
- 馬島2号船:青磁瓢形瓶・梅瓶・象嵌注子等
- 海路輸送網と当時の生産・流通の実態を物語る一級資料
仏教との関係
- 高麗は仏教国家、王室と寺刹が主要な需要先
- 香炉・水瓶・浄瓶など仏教儀礼用具を多数製作
- 蓮花・宝相華・卍字など仏教的文様が頻出
- 松広寺・通度寺などに仏前供養用が伝来
- 「青磁象嵌雲鶴文鉢」(国宝328号、太古寺伝来)
美意識と詩文の称賛
- 李奎報(1168–1241)『東国李相国集』に青磁を詠む詩
- 「玉骨氷魂」「翡翠の如し」と称される
- 器形の優美さ・釉色の清涼感・象嵌の絵画性が一体
- 「動」(鶴・水鳥)と「静」(雲・蓮)の対比
- 儒教的禁欲ではなく、仏教的優雅さと貴族的洗練
その他の高麗陶磁
- 鉄絵青磁:鉄分顔料で文様を描く
- 銅絵青磁(辰砂):銅顔料で赤を発色、世界最古とされる
- 陽刻青磁:浮彫の文様
- 陰刻青磁:沈彫の文様
- 透刻青磁:透かし彫りの複雑な造形
- 練上手:白土と黒土を交ぜた素地
衰退と粉青沙器への移行
- 13世紀、モンゴルの度重なる侵攻で窯業が打撃
- 1259年高麗の元への服属、王室需要が縮小
- 象嵌文様が硬直化、粗雑な量産品が増える
- 14世紀末、朝鮮王朝(1392–)の建国へ
- 象嵌青磁から粉青沙器(분청사기)へ自然移行
- 粉青の白化粧と素朴な象嵌・刷毛目は朝鮮王朝初期工芸の代表となる
主要コレクション所蔵館
- 韓国国立中央博物館(ソウル)
- 湖林博物館(ソウル):澗松美術館と並ぶ私立の最高峰
- 澗松美術館(ソウル):全鎣弼コレクション
- 東京国立博物館・大阪市立東洋陶磁美術館(安宅コレクション)
- 根津美術館・梅澤記念館
- 大英博物館・メトロポリタン美術館
研究文献
- 野守健『高麗陶磁の研究』(1944)
- 崔淳雨『高麗青磁』(1980)
- 姜敬淑『高麗青磁の研究』(1989)
- 国立中央博物館『高麗青磁名品展』図録
- 大阪市立東洋陶磁美術館『高麗青磁』展図録
まとめ|高麗青磁を読む視点
- 10世紀越州窯影響期から14世紀の衰退期まで250年
- 12世紀前半に独自の翡色青磁を確立
- 12世紀後半に世界初の磁器象嵌技法を完成
- 康津・扶安が二大産地、王室・寺刹向けの最高級品
- 『高麗図経』の翡色称賛、徳寿宮を凌ぐ国際的評価
- モンゴル侵攻後に衰退し、粉青沙器へ移行
あわせて 朝鮮半島美術の全体像 や 工芸 を読むと、高麗青磁が東アジア工芸史で占める位置がより立体的に見えてきます。
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