1612 年、ローマ。
17 歳の女性が、教師による暴行と毀損についての裁判で証言します。
その女性は7 ヶ月間にわたる尋問の末、画家として再起し、後に バロック絵画史に名を刻みました。
名は アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi, 1593〜1656 頃)。
目次
アルテミジア・ジェンティレスキとは
- 1593 年、ローマ生まれ
- 父:オラツィオ・ジェンティレスキ、カラヴァッジョ派の有力画家
- 母:12 歳のとき死別
- 幼い頃から父の工房で訓練、姉妹の中で唯一の画家志望
- 1610 年、17 歳で「スザンナと長老たち」を完成、署名作の最初
- 1612 年、暴行訴訟事件
- 1614 年、フィレンツェへ移住、メディチ家の宮廷画家に
- 1616 年、女性として初めてフィレンツェ・アカデミー・デル・ディゼーニョ会員に
- 1638 年、父と共にロンドン宮廷で制作、チャールズ 1 世の依頼
- 1656 年頃、ナポリで没
1612 年の裁判
- 1611 年、父の友人で画家アゴスティーノ・タッシによる暴行
- 1612 年、父オラツィオが告訴、7 ヶ月の裁判
- アルテミジアは「シビッレ(指挟み拷問)」を受けて証言の真実性を確認させられる
- タッシは有罪、追放刑(実際には未執行)
- 同年、画家ピエロ・スティアッテーシと結婚しフィレンツェへ
- 裁判記録は 1990 年代以降、フェミニズム美術史の重要文献に
主要作品
「スザンナと長老たち」(1610、ヴァイセンシュタイン城)
- 17 歳の処女作、署名と日付入り
- 聖書外典:水浴中のスザンナを長老二人が脅迫する場面
- 多くの男性画家が「誘惑する女性」として描いたのに対し、明確な拒絶のジェスチャー
「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」(1612-13、ナポリ国立美術館)
- 聖書外典:ユダヤの女ユーディットがアッシリア将軍を誅殺
- 女性が血を流す男を実力で押さえ込む構図
- カラヴァッジョの同主題(ローマ国立古美術館)と比較され、より激烈と評される
- ホロフェルネスはタッシの顔、ユーディットは自身に擬されると指摘
「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」第 2 ヴァージョン(1620-21、ウフィツィ)
- ウフィツィ美術館所蔵
- 10 年後に再制作、より大画面で重厚
- メディチ家コジモ 2 世の依頼
「ヤエルとシセラ」(1620、ブダペスト国立西洋美術館)
- 聖書旧約:ヤエルが眠るシセラ将軍をペグで殺す場面
- 静かな緊張感の構図
「自画像(絵画の寓意として)」(1638-39、ロイヤル・コレクション)
- ロンドン期の代表作
- 絵画の寓意(ピットゥラ)が女性として描かれる伝統を、自画像と重ねる
- 17 世紀の女性画家の地位を主張する記念碑
「マグダラのマリア」(1620 頃、ピッティ宮殿)
- 悔悛するマリアの内面的描写
- カラヴァッジョの明暗法を継承しつつ女性的視点を加える
カラヴァッジョ派としての特徴
- 強烈なキアロスクーロ(明暗対比)
- 聖書場面のリアルな身体表現
- 劇的瞬間の選択:殺害、誘惑、悔悛
- 父オラツィオより劇場性が強く、女性の主体的行為に焦点
女性画家としての位置
| 同時代の女性画家 | 活動拠点 | 主要分野 |
|---|---|---|
| ソフォニスバ・アングイッソラ(1532-1625) | クレモナ・スペイン | 肖像画 |
| ラヴィニア・フォンターナ(1552-1614) | ボローニャ・ローマ | 肖像・宗教画 |
| アルテミジア・ジェンティレスキ | ローマ・フィレンツェ・ナポリ・ロンドン | 歴史画・宗教画 |
| エリザベッタ・シラーニ(1638-65) | ボローニャ | 宗教画 |
歴史画(最高位ジャンル)を女性が国際的に手掛けた最初の画家、と位置付けられる。
ナポリ期(1630-38、1641-56)
- 1630 年、ナポリへ移住
- 大型祭壇画を多数制作(「サン・ジェンナーロ礼拝堂」など)
- マッシモ・スタンツィオーネ、ベルナルド・カヴァリーノら地元画家と協働
- 同地でペスト流行(1656)、晩年の没年は不確実
ロンドン期(1638-41)
- 父オラツィオの招きで英国宮廷へ
- チャールズ 1 世の天井画装飾を共同制作(グリニッジ・クイーンズハウス)
- 「自画像(絵画の寓意として)」もこの時期
- 1641 年、清教徒革命勃発でナポリへ戻る
20 世紀以降の再評価
- 1916 年、ロベルト・ロンギ「ジェンティレスキ父子」論文で本格的研究開始
- 1989 年、メアリー・ガラード『アルテミジア・ジェンティレスキ』モノグラフ
- 2002 年、メトロポリタン・サンクトペテルブルグ大回顧展
- 2020 年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー大回顧展(同館初の女性個人作家展)
- 2018 年、フィレンツェで自筆書簡が発見、再注目
後世への影響・現代の受容
- 20 世紀フェミニズム美術史の象徴的存在
- 映画「アルテミジア」(1997)
- 『黄金時代』『ザ・ガーディアン』など主要メディアの大型特集
- 「ホロフェルネスの首を斬るユーディット」は #MeToo 運動以降、世界各地の女性アート展で繰り返し参照
主な所蔵先
- ナポリ国立カポディモンテ美術館:「ユーディット」初版
- ウフィツィ美術館:「ユーディット」第 2 版・「自画像」
- ピッティ宮殿:「マグダラのマリア」
- ロンドン・ナショナル・ギャラリー:「アレクサンドリアの聖カタリナとしての自画像」
- ロイヤル・コレクション:「絵画の寓意としての自画像」
- メトロポリタン美術館:「エステル」
まとめ|ジェンティレスキを読む視点
- カラヴァッジョ派の最高峰、女性として歴史画を国際的に手掛けた最初の画家
- 「ユーディット」連作は、男性画家の同主題と比べ女性主体の身体性を圧倒的に表現
- 20 世紀末以降、フェミニズム美術史と現代受容の中で再構成された巨匠
あわせて カラヴァッジョの光と闇 や バロック・ロココ美術の全体像 を読むと、17 世紀の絵画地図でジェンティレスキの位置がより明確になります。

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