大正期のモダニズム|大正デモクラシーと都市文化が育てた美術・デザイン・出版の新潮流
大正期のモダニズム(たいしょうき の モダニズム)とは、大正時代(1912–1926)における日本の美術・文学・デザイン・出版・大衆文化の近代化現象を指す総称です。
明治後期に築かれた制度的洋画・近代日本画が、大正デモクラシーと都市中産階級の登場を背景に、より個人の感性・自由・実験性を志向する 多元的な近代美術へと展開した時代です。
関東大震災(1923)と昭和恐慌(1927–)の前夜にあたり、わずか 14 年余りの大正期には、後の昭和モダニズム・戦後現代美術の原点となる思想と造形が集中的に成熟しました。
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大正という時代
| 年 |
事項 |
| 1912 |
明治天皇崩御、大正改元。乃木希典夫妻殉死 |
| 1914 |
二科会創立。第一次世界大戦勃発、日本は連合国側で参戦 |
| 1918 |
米騒動。シベリア出兵 |
| 1919 |
帝国美術院創設(文展→帝展) |
| 1922 |
春陽会創立。アインシュタイン来日 |
| 1923 |
関東大震災で東京・横浜壊滅 |
| 1925 |
普通選挙法・治安維持法成立。ラジオ放送開始 |
| 1926 |
大正天皇崩御、昭和改元 |
大正デモクラシーと文化的背景
- 第一次世界大戦景気で工業化が加速、都市中産階級の拡大
- 普通選挙運動、労働運動、社会主義思想の流入
- 女性解放運動(青鞜社、1911 設立)
- 教育の大衆化と知的中産階級の出現
- 都市消費文化:百貨店、カフェー、活動写真、レビュー
- 雑誌・新聞・出版物の大量化、大正期の 「円本ブーム」
- 個性主義・人道主義・教養主義の高まり
洋画における二科会と帝展アカデミズム
- 1914 年、二科会創立。文展のアカデミズムへの反発
- 創設メンバー:石井柏亭、有島生馬、津田青楓、坂本繁二郎、安井曾太郎ら
- 帝展(旧文展):黒田清輝系のアカデミー(外光派の延長)
- 二科会:新印象派・ポスト印象派・フォーヴィスム・キュビスムまで自由
- 1922 年、春陽会創立。岸田劉生、梅原龍三郎ら脱二科
- 1926 年、1930 年協会(旧二科の若手)創立
- 洋画は 多元的展開へ、後の昭和前衛の母胎となる
岸田劉生と「内なる美」
- 岸田劉生(1891–1929):白樺派から出発、北方ルネサンス・デューラーに傾倒
- 「麗子像」シリーズ(1918–1929):娘・麗子をモデルにした写実肖像
- 「実在の神秘」「美の真実」を追究する精神性
- 南画・宋元画に傾倒した晩年
- 大正期の 「写実回帰」の代表的存在
大正期の日本画
- 横山大観・下村観山・菱田春草ら日本美術院の朦朧体は明治末で確立
- 大正期は再興日本美術院(1914 再興)が中心
- 京都画壇:竹内栖鳳、土田麦僊、村上華岳の写生+装飾性
- 速水御舟(1894–1935):細密写実から象徴主義へ「炎舞」(1925、重文)
- 小林古径、安田靫彦:歴史画と古典美の再評価
- 日本画は「線」「装飾」「精神性」を再定義
抒情画と挿絵:竹久夢二と高畠華宵
- 竹久夢二(1884–1934):大正抒情画の代名詞、「夢二式美人」
- 細身で憂愁を帯びた女性像、版画・絵葉書・装幀で大衆に浸透
- 高畠華宵(1888–1966):少年・少女雑誌の挿絵で人気
- 蕗谷虹児:少女歌劇・少女雑誌の挿絵
- 大正期は 「美術と大衆の境界が溶けた時代」
- 商業デザイン・装幀デザインの隆盛
白樺派と西洋近代美術受容
- 1910 年、雑誌『白樺』創刊(武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎ら)
- セザンヌ、ゴッホ、ロダンを日本に本格紹介
- 「自我」「個性」「人道主義」を文学・美術に結合
- 1913 年「白樺美術館」構想(実現せず)
- 柳宗悦は『白樺』同人から後に 民藝運動へ
- 大原孫三郎・武郎兄弟は『白樺』を支援、後の大原美術館へ
大原美術館と西洋美術コレクション
- 大原孫三郎(倉敷紡績)の支援で、画家・児島虎次郎が欧州で名画を蒐集
- 1930 年、大原美術館開館(倉敷市)
- セザンヌ、ゴーガン、ピカソ、マティス、モディリアーニらを所蔵
- 日本初の本格的西洋近代美術館
- 大正期の 西洋美術コレクションの実物受容を象徴
新版画運動と渡邊木版画店
- 1915 年、版元・渡邊庄三郎が「新版画」運動を提唱
- 江戸浮世絵の協業制を復活、絵師・彫師・摺師の分業
- 川瀬巴水:旅情あふれる風景版画
- 橋口五葉、伊東深水:美人画
- 吉田博:洋画的写実の風景版画
- 欧米コレクターに大人気、輸出芸術として成功
民藝運動の萌芽
- 1913 年、柳宗悦が朝鮮陶磁の美に開眼
- 1916 年、柳・濱田庄司・河井寛次郎・バーナード・リーチが交流
- 「無名工人の手仕事の美」を発見
- 1925 年「民藝」(民衆的工芸)の語を造語
- 1936 年、日本民藝館開館(駒場)
- 大正期に萌芽し昭和初期に運動化、近代化への対抗思想
関東大震災と都市デザイン
- 1923 年 9 月 1 日、関東大震災
- 東京・横浜壊滅、死者 10 万人超
- 復興院(後藤新平総裁)の主導で帝都復興計画
- 同潤会アパート(1926–):日本初の鉄筋コンクリート集合住宅
- 銀座・日本橋の近代化、地下鉄銀座線(1927)
- 大正末期は 「モダニズム都市」の形成期
建築と工芸の近代化
- フランク・ロイド・ライト「帝国ホテル」(1923):マヤ風モダニズム
- 分離派建築会(1920):堀口捨己、山田守ら、近代建築運動の出発
- 近代陶磁、漆工、染織のデザイン化
- 商業デザイン(ポスター、装幀、広告)の隆盛
- アール・デコ受容の本格化
大衆雑誌と出版モダニズム
- 『中央公論』『改造』:教養雑誌の隆盛
- 『キング』(1925 創刊、講談社):100 万部の大衆雑誌
- 『主婦之友』『婦人公論』:女性雑誌の確立
- 新聞各紙のグラビア印刷、写真の大衆化
- 「円本」(1 冊 1 円の全集本)ブーム(1926–)
- 装幀デザイン:恩地孝四郎、田中恭吉ら版画家が活躍
大正期主要美術団体一覧
| 団体 |
創立年 |
志向 |
| 再興日本美術院 |
1914 |
日本画前衛 |
| 二科会 |
1914 |
洋画在野前衛 |
| 春陽会 |
1922 |
洋画+版画・日本画混成 |
| 国画創作協会 |
1918 |
京都の日本画前衛 |
| 三科造形美術協会 |
1924 |
洋画+彫刻、ダダ寄り |
| MAVO |
1923 |
ダダ・構成主義 |
大正モダニズムの限界と昭和へ
- 1923 年関東大震災で都市文化壊滅、復興期へ
- 1925 年治安維持法、自由な思想表現の制限始まる
- 1927 年昭和恐慌、産業・出版の停滞
- プロレタリア美術運動の本格化(1928–)
- 大正の「個人主義」は昭和の「集団主義」「国家主義」へ反転
- しかし大正モダニズムの遺産は戦後デザイン・出版に継承
まとめ|大正モダニズムを読む視点
- 大正デモクラシーと都市中産階級が生んだ多元的近代美術
- 洋画:二科会・春陽会の在野前衛、白樺派の西洋受容
- 日本画:再興院・京都画壇の写生+装飾性+象徴主義
- 大衆:竹久夢二・新版画・抒情挿絵で美術と大衆が接続
- デザイン:民藝・分離派・帝都復興でモダニズム都市形成
あわせて 明治・大正美術の全体像 や 戦前・戦中昭和美術 を読むと、大正モダニズムが昭和の前衛と戦争画へどう接続するかが立体的に見えてきます。
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