髪一本、宝石の輝き、窓の外の街並み。
細密に描き込まれた現実の世界。
北方ルネサンスは、15 世紀のフランドル(現ベルギー・オランダ)を中心に展開した美術運動です。
イタリア・ルネサンスとほぼ同時期に、別の論理で誕生しました。
目次
北方ルネサンスとは
「北方」とはアルプス以北を指します。
ブルゴーニュ公国の文化が母胎となりました。
- イタリアの古典主義・幾何学とは別の道を歩む
- ゴシック後期の細密描写を発展
- 市民社会と商業都市が支えた美術
イタリア・ルネサンスとの違い
イタリア
- 古代ギリシャ・ローマの再生
- 幾何学的遠近法、理想化された人体
- フレスコによる壁画
北方
- ゴシックの伝統を継承しつつ深化
- 細密な観察、宝石・布・髪の質感描写
- 板絵による 油彩画の発達
「観察の徹底」と「油彩革命」が北方の二大特徴です。
油彩技法の誕生
油彩画は、ファン・エイク以前から使われていました。
しかしヤン・ファン・エイクが、媒材としての油の処理を完成させたとされます。
- 顔料を亜麻仁油・クルミ油で練る
- 透明な薄い層を何度も重ねる「グレーズ」技法
- テンペラより光沢があり、深い色調が出る
- 修正・微細描写が容易
この技法は急速にイタリアにも伝わり、後のアントネロ・ダ・メッシーナ、ジョヴァンニ・ベリーニに受け継がれます。
ヤン・ファン・エイク
北方ルネサンスを象徴する画家、ヤン・ファン・エイク(1390 頃〜1441)。
- ブルゴーニュ公フィリップ善良公の宮廷画家
- ブルージュを拠点に活動
- 兄フーベルトとの共作とされる作品も多い
ヘントの祭壇画(1432)
- ファン・エイク兄弟の代表作
- シント・バーフ大聖堂(ベルギー・ヘント)所蔵
- 20 枚以上のパネルからなる多翼祭壇画
- 「神秘の子羊」を中心に、創世から終末までを描く
アルノルフィーニ夫妻像(1434)
- ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵
- 背後の凸面鏡に画家自身が映り込む
- 「ヤン・ファン・エイクここにありき」のラテン語署名
- シャンデリア・スリッパ・犬まで象徴的意味を持つ
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン
ファン・エイクと並ぶ初期フランドル絵画の巨匠(1400 頃〜1464)。
- ブリュッセル市の公式画家
- 感情表現に優れ、宗教画の心理描写を深化
- 「十字架降架」(プラド美術館)が代表作
ハンス・メムリンク
ロヒールの弟子筋、15 世紀後半のブルージュで活躍(1430 頃〜1494)。
- 静謐で透明感のある宗教画
- 市民の肖像画を多数残す
- 「最後の審判」(グダンスク)が知られる
ロベルト・カンピン
「フレマールの画家」と同一視される(1375 頃〜1444)。
- ファン・エイクとほぼ同時期に油彩を完成させた候補
- 「メロード祭壇画」(メトロポリタン)が代表作
- 市民の家を舞台にした聖母子で、北方絵画の方向性を示す
ヒエロニムス・ボス
15 世紀末〜16 世紀初頭、北方ルネサンスの異色(1450 頃〜1516)。
- 幻想的・象徴的な怪物群
- 「快楽の園」(プラド美術館)
- 後の シュルレアリスムに通じる想像力
ピーテル・ブリューゲル(父)
16 世紀フランドル絵画の巨人(1525 頃〜1569)。
- 農民・季節・諺を主題にした風俗画
- 「バベルの塔」「雪中の狩人」「農民の踊り」
- 北方ルネサンスをバロックへ橋渡し
北方ルネサンスの技法的特徴
- 板絵(オーク材が中心)
- 白い下地(ジェッソ)の上に薄い油彩を重ねる
- 細い筆で髪・宝石・布を一本ずつ描き込む
- 窓・鏡・反射を通じた多層的空間
主題の特徴
- 聖書の場面を当時の市民生活に置き換える
- 細部の事物がすべて象徴的意味を持つ「偽装された象徴主義」
- 肖像画では市民・商人を等身大に描く
イタリアとの相互影響
- 油彩技法が南へ伝わる(アントネロ・ダ・メッシーナ)
- 北方画家のイタリア訪問(デューラー、ホルバイン)
- 16 世紀には双方の融合が進む
主な所蔵先
- ヘント・シント・バーフ大聖堂(ベルギー)
- アムステルダム国立美術館
- ナショナル・ギャラリー・ロンドン
- プラド美術館(マドリード)
- ベルリン絵画館
まとめ|北方ルネサンスを読む視点
- ゴシックを継承しながら、観察と油彩で美術を更新
- 細部の事物にこめた象徴の網
- 市民社会・商業都市が支えた現実主義の絵画
ルネサンス美術は、イタリアと北方の二つの極で語る必要があります。

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