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葛飾北斎:90 年の生涯で 3 万点を残した「画狂老人」

葛飾北斎(かつしか ほくさい、1760-1849)は、江戸時代後期を代表する浮世絵師である。江戸本所割下水(現・墨田区)に生まれ、19歳で勝川春章に入門。以後70年以上にわたり画業を続け、生涯に30回も号(雅号)を変え、93回引っ越したと伝えられる。残した作品は浮世絵・肉筆画・絵手本・読本挿絵を含めて約3万点に及ぶ。

世界的代表作は「冨嶽三十六景」。なかでも「神奈川沖浪裏」「凱風快晴(赤富士)」は世界で最も有名な日本美術作品とされる。1999年、米『ライフ』誌は「過去1000年で最も重要な人物100人」に北斎を唯一の日本人として選出した。

北斎の画業:6 つの大きな時期

時期主要号年齢主な作品
勝川派時代勝川春朗20-35歳役者絵・美人画
独立・探究期宗理35-45歳狂歌絵本、洋風画法の研究
読本挿絵期葛飾北斎45-60歳馬琴と組んだ読本『椿説弓張月』など
絵手本期戴斗50-60歳『北斎漫画』全15編、約4,000図
錦絵風景画期為一60-75歳「冨嶽三十六景」「諸国瀧廻り」「諸国名橋奇覧」
肉筆画期画狂老人卍75-90歳「富士越龍図」「波濤図」

「冨嶽三十六景」:60 代後半の到達点

1831-1834年頃に出版された全46図(追加10図含む)の風景版画シリーズ。富士山を主題にしながら、各図ごとに視点・距離・季節・職業・地域を変える構成は、単なる名所絵を越えた「日本一の山を多視点で描き尽くす」野心的なプロジェクトであった。

  • 「神奈川沖浪裏」:押し寄せる波と小さな富士山の対比。三角形の構図、波頭の爪状の表現が世界の絵画史に影響を与えた。
  • 「凱風快晴」(赤富士):夏の早朝、南風で赤く染まる富士。画面のほぼ全てを富士が占める抽象的な構図。
  • 「山下白雨」:黒い嵐の麓と晴れた山頂の対比。
  • 「東海道江尻田子の浦略図」「甲州犬目峠」など、富士を画面の片隅に追いやって人の営みを主役にした図も多い。

北斎漫画:江戸の万有絵百科事典

1814年から没後の1878年まで全15編が出版された絵手本。約4,000の図に、人物・動物・植物・建築・風景・妖怪・道具・芸事を描き、「絵を志す者の手引き」として大量に流布した。これが幕末から明治にかけてヨーロッパへ渡り、ジャポニスムの源流の一つとなった。

ヨーロッパ美術への影響:ジャポニスム

1856年、版画家ブラックモンが陶磁器の包み紙として偶然「北斎漫画」を発見してから、ヨーロッパで北斎ブームが起こった。印象派後期印象派の以下の画家が直接的に影響を受けたと記録される。

  • クロード・モネ:ジヴェルニーの自宅に北斎の版画を飾り、太鼓橋を庭に再現した。
  • エドゥアール・マネ:「エミール・ゾラの肖像」の背景に北斎の版画を描き込む。
  • エドガー・ドガ:浮世絵の構図を踊り子の絵に応用。
  • フィンセント・ファン・ゴッホ:北斎の波の構図を引用した素描を残す。「星月夜」のうねる空のリズムは「神奈川沖浪裏」との関連が指摘される。
  • クロード・ドビュッシー:交響詩「海」の楽譜表紙に「神奈川沖浪裏」を採用。

娘・葛飾応為と弟子たち

三女・葛飾応為(おうい、本名 栄)は北斎晩年の優れた助手であり、独立した画家でもあった。「夜桜美人図」「吉原格子先之図」など、光と陰の表現に独自性があり、近年再評価が進んでいる。歌川広重とは一世代違いだが、双璧として浮世絵風景画の頂点を二分した。

晩年の言葉

北斎は『富嶽百景』の跋文に有名な言葉を残している。「6歳から物の形を写す癖があった。50歳の頃には数々の図を描いたが、70歳以前のものは取るに足らない。73歳でやっと禽獣虫魚の骨格や草木の出生を悟った。86歳でますます進み、90歳で奥義を究め、100歳で神妙の域に入り、110歳でひとつの点ひとつの線が生きるようになるだろう」。生涯学び続ける姿勢を示すこの言葉は、画狂老人の本質を示している。

北斎の名前と号の変遷

北斎は生涯に30回以上号(雅号)を変えた異例の画家である。号の変遷は彼の関心と技法の転換を示している。

  • 勝川春朗(19-35歳):師勝川春章のもとで役者絵・美人画を学ぶ
  • 俵屋宗理(二代)(35-39歳):琳派の俵屋宗達の名を継ぎ、装飾性に関心
  • 葛飾北斎(46-51歳):洋風画法と中国画法を統合した独自の様式へ
  • 戴斗(51-60歳):絵手本『北斎漫画』の時期
  • 為一(61-74歳):「冨嶽三十六景」「諸国瀧廻り」などの代表作
  • 画狂老人卍(がきょうろうじん まんじ)(75歳-没):肉筆画への集中、宇宙的な主題

北斎は号を売り、新しい号で再出発するという「画号商売」もしばしば行った。改名の度に弟子が継承号を得て独立することで、北斎一門は江戸後期の最大の絵師ネットワークの一つとなった。

「冨嶽三十六景」の代表的な十景

46図のシリーズ全体は、北斎独特の「富士山を主役にしない多視点」が貫かれている。代表的な十景を以下に挙げる。

  • 神奈川沖浪裏:押し寄せる大波と画面奥の小さな富士。世界で最も複製された日本美術。
  • 凱風快晴(赤富士):南風で赤く染まる夏の早朝の富士。画面は富士のみで構成。
  • 山下白雨:黒い嵐雲と稲妻が走る麓と、晴れた山頂の対比。
  • 東海道江尻田子の浦略図:海岸で塩田労働をする人々の手前に、霞む富士。
  • 甲州犬目峠:街道を行く旅人の遠方に小さく見える富士。
  • 武州玉川:田園の馬と人物が画面の主役、富士は遠景。
  • 遠江山中:巨大な木材を切り出す木挽き職人と、その向こうの富士。
  • 武陽佃島:早朝の漁船群越しに見える富士。
  • 下目黒:田園で農作業をする女性と、稜線に控える富士。
  • 礫川雪ノ旦:雪景色の中、人々が二階の茶屋から富士を仰ぐ。

北斎の代表作(風景以外)

  • 『北斎漫画』(1814-1878、全15編):人物・動物・植物・建築・妖怪まで、約4,000図。絵を志す者の手引書として全国に流布。
  • 「諸国瀧廻り」(1833頃、全8図):日本各地の滝を描いた風景版画シリーズ。波濤と落水の様式化した描写。
  • 「諸国名橋奇覧」(1834頃、全11図):橋を主題にした奇抜な構図のシリーズ。
  • 「百物語」(1830頃、全5図現存):怪談・妖怪を扱った版画シリーズ。「お岩さん」が特に有名。
  • 「富士越龍図」(1849、肉筆):90歳の没年に描いた絶筆級の作品。富士山を昇る龍。
  • 「波濤図」(1847頃、肉筆):晩年の波の表現の到達点。

北斎美術館とコレクション

北斎の作品は世界各地に分散している。主要なコレクションは以下である。

  • すみだ北斎美術館(東京・両国、2016年開館):北斎が生まれ育った場所に建てられた専門美術館。
  • 北斎館(長野・小布施、1976年開館):晩年の北斎が滞在した小布施に残る肉筆と祭屋台天井絵。
  • ボストン美術館(アメリカ):スポルディング・コレクションを中心に世界最大級の浮世絵収蔵。
  • 大英博物館(ロンドン):「神奈川沖浪裏」の最良の摺りを含む大規模コレクション。
  • ホノルル美術館(ハワイ):ジェームズ・ミッチェナー寄贈の浮世絵コレクション。
  • メトロポリタン美術館(ニューヨーク):充実した日本美術部門の中核。

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続けて歌川広重タグを読むと、同時期の風景版画家が北斎とどう異なる叙情を作ったかを比較でき、浮世絵風景画ジャンル全体が見渡せる。