真っ黒な背景に、子の頭を齧る老神。
砂に半身を埋もれさせた、孤独な犬。
これらは フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya, 1746〜1828)が、晩年の家の壁に直接描いた「黒い絵」シリーズです。
誰に見せるためでもない、自分のための絵。
そこには近代という時代の闇が、すでに予言されていました。
目次
ゴヤとは
- 1746 年スペイン・アラゴンの小村フエンデトードス生まれ
- 1789 年スペイン宮廷画家、1799 年首席宮廷画家
- 1792 年に病で聴力を失う
- 1808〜1814 年のナポレオン軍占領を体験
- 1824 年フランス・ボルドーへ亡命、同地で没
ゴヤの四つの時代
① タピストリー下絵時代(1775〜1791)
- マドリードの王立タピストリー製作所
- 明るい色調と祝祭的な民衆描写
- 「日傘」「四季」シリーズ
② 宮廷画家時代(1789〜1808)
- 「カルロス 4 世の家族」(1800、プラド)
- 王族の凡庸さを冷徹に暴いた肖像
- 「裸のマハ」「着衣のマハ」
- 銅版画集『ロス・カプリーチョス』(1799)で社会風刺
③ 戦争と版画時代(1808〜1820)
- 「1808 年 5 月 3 日」(1814、プラド):銃殺直前の市民
- 銅版画集『戦争の惨禍』(80 図)
- 『ロス・ディスパラテス』『闘牛』
- ナポレオン戦争の暴力をあらゆる角度から記録
④ 黒い絵時代(1819〜1823)
- マドリード郊外の自邸「聾者の家」を購入
- 1 階・2 階の壁に直接油彩で 14 枚を描く
- 誰にも見せず、署名もしない
- 後年プラドへ移設・キャンバスに転写
「黒い絵」14 枚の核心
「我が子を喰らうサトゥルヌス」
- ローマ神話の老神サトゥルヌスが我が子を貪る
- 真っ黒な背景、血に染まる手
- 権力・時間・狂気が一体化した寓意
「犬」
- 砂の斜面に頭だけ出した一匹の犬
- 巨大な空白の上方
- 「孤独」「実存」を象徴する 19 世紀絵画の最果て
- 20 世紀ミニマリズムを予感させる構図
「魔女の集会」
- 山羊頭の悪魔を囲む老婆たち
- 暗黒の祝祭、迷信と無知への風刺
「サン・イシドロへの巡礼」
- 口を歪めた群衆が、無秩序に行進
- 祭りの裏側にある狂気
「読書する男たち」「運命の女神たち」
- 象徴と悪夢の境界の主題
「黒い絵」の技法
- 壁に直接、油彩で描かれた
- 大胆な筆触、輪郭の崩壊
- 黒・茶・灰色を基調にしたモノクローム的色彩
- 誰のためでもない、ゴヤ個人の独白
ゴヤの位置づけ
| 側面 | 性質 |
|---|---|
| 新古典主義との関係 | 同時代だが、理性の絵画とは対極 |
| ロマン主義との関係 | 感情・闇・狂気の主題で連続 |
| 近代との関係 | 戦争・大衆・狂気を初めて描いた近代の祖 |
後世への決定的影響
- マネ「皇帝マクシミリアンの処刑」: 「1808 年 5 月 3 日」を直接参照
- ピカソ「ゲルニカ」: 戦争画の系譜
- 表現主義・シュルレアリスム・新表現主義の祖先
- バスキア、現代のホラー映画にも通じる暗黒美学
主な所蔵先
- プラド美術館(マドリード):「黒い絵」全 14 枚、「1808 年 5 月 3 日」「カルロス 4 世の家族」
- サン・フェルナンド王立美術アカデミー(マドリード):自画像
- マドリード国立図書館:版画コレクション
- メトロポリタン美術館(ニューヨーク):肖像画数点
まとめ|ゴヤを読む視点
- 宮廷画家でありながら、宮廷を冷徹に観察した画家
- 聴力喪失と戦争を経て、人間の闇に直面
- 「黒い絵」で 19 世紀の枠を破り、20 世紀絵画の扉を開いた
新古典主義・ロマン主義の章を理解する上で、ゴヤは光と闇の両極を一身に体現する例外的な存在です。

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