もの派の登場|李禹煥・関根伸夫が問い直した「もの」と「場」、戦後日本の世界的アート運動
2026
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もの派 (もの-は、Mono-ha)は、1968年から1970年頃にかけて東京を中心に勃興した、戦後日本を代表する 現代アート 運動です。鉄・石・木・土・綿・紙・水といった 無加工の「もの」 を、最小限の人為的干渉で空間に配置することで、「もの自体」「もの同士の関係」「場(空間)」を問い直す実践として、世界の戦後美術史に独自の位置を占めます。
1968年10月、関根伸夫 が神戸・須磨離宮公園野外彫刻展で発表した「位相—大地 」が運動の出発点とされ、韓国出身の批評家・作家 李禹煥 (Lee Ufan、1936–)が理論的指導者として、菅木志雄、小清水漸、吉田克朗、成田克彦、原口典之らの実践を理論化しました。
もの派は欧米の ミニマリズム ・アースワーク ・アルテ・ポーヴェラ ・コンセプチュアル・アート と同時期に並行的に成立した、戦後アート史の重要な国際運動の一つで、2012年の国立新美術館「もの派—再考」展と2012–13年のロサンゼルス LACMA「Requiem for the Sun: The Art of Mono-ha」展で国際評価が決定的となりました。
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もの派の歩み
年
事項
1968
関根伸夫「位相—大地」(神戸・須磨離宮公園)発表
1969
李禹煥「事物から存在へ」(『美術手帖』)発表、運動の理論化
1970
京都国立近代美術館「人間と物質」展、もの派が運動として広く認知
1971
パリ青年ビエンナーレに関根・李・菅・小清水ら出品
1972
もの派の主要展覧会が連続開催、運動のピーク
1975頃
運動として収束、各作家は個人として活動継続
1986
「前衛の日本 1910–1970」展(パリ・ポンピドゥー)でもの派紹介
2005
李禹煥がフランス芸術文化勲章受章
2010
李禹煥美術館(直島)開館
2012
国立新美術館「もの派—再考」展
2012–13
ロサンゼルス LACMA「Requiem for the Sun」展で国際評価決定
「位相—大地」(1968)
関根伸夫(1942–2019)が神戸・須磨離宮公園「第1回現代日本彫刻展」で発表
直径2.2m・深さ2.7mの円筒形の穴を地面に掘り、掘り出した土を穴の隣に同形に積み上げる
「もの」(土)の質量・体積・存在を視覚化
「掘る=積む」が同じ行為であることの哲学的提示
展示後撤去、写真・図録のみが残る
2007年再制作(横浜トリエンナーレ)、2012年再制作(東京都現代美術館)
李禹煥の理論
李禹煥(1936–)は韓国・慶尚南道出身、1956年来日
日本大学文理学部哲学科でハイデガー、メルロ=ポンティ、西田幾多郎を学ぶ
1969年「事物から存在へ」を『美術手帖』に発表
「もの」とは加工されない素材それ自体
「場」は「もの」が置かれることで成立する関係性の空間
「出会い」が芸術の核心、「制作する」のではなく「出会わせる」
東洋思想(禅・道家・華厳)を背景にした独自の理論
主要メンバーと代表作
作家
素材
代表作
関根伸夫
土、水、鉄
「位相—大地」(1968)、「空相」シリーズ
李禹煥
石、鉄板
「関係項」シリーズ、「点より」「線より」絵画
菅木志雄
石、木、紙、ワイヤー
「無限状況」「変在性」シリーズ
小清水漸
木、石、紙
「紙ⅡⅢ」「垂線」シリーズ
吉田克朗
木、鉄、綿
「Cut Off」「Touch」シリーズ
成田克彦
木炭、紙
「SUMI」シリーズ、炭化木材
原口典之
鉄、油
「Oil Pool」シリーズ、廃油のプール
榎倉康二
布、紙、油
「壁」シリーズ、痕跡の写真
李禹煥「関係項」シリーズ
1969年から現在に至る李の代表的シリーズ
自然石と鉄板を並置するだけのシンプルな構成
「もの同士の出会い」と「もの=場」の関係を可視化
石は加工せず、自然のままの形を尊重
鉄板は工業製品の最小限の介入
「自然=石」「文明=鉄」の対比と統合
瀬戸内・直島の李禹煥美術館で恒久展示
菅木志雄の「無限状況」
菅木志雄(1944–)はもの派の代表的継続者
「無限状況」シリーズ(1970–):石・木・紙を糸やワイヤーで吊るす
「変在性」「在状」「変在」など独自概念を提示
「もの」「位置」「場」の関係を徹底的に追究
1971年パリ青年ビエンナーレに出品、国際的注目
現在も世界各地で大規模個展、もの派の生きる象徴
もの派の理論的背景
東洋思想:禅、道家、華厳経の「縁起」
西洋現象学:ハイデガー、メルロ=ポンティ
李禹煥は両者を独自に融合
「もの=物自体」「場=関係の空間」「出会い=芸術行為」
「制作」より「呈示」、「作品」より「状況」
西洋の ミニマリズム ・コンセプチュアル・アートとは異なる東洋的根拠
もの派と1968年
1968年は全世界的な学生運動、ベトナム反戦の年
日本では東大紛争、新左翼運動
もの派は政治運動と直接結びつかないが、既存制度への根源的批判
「制作する作家=近代的主体」の解体
「もの」を尊重する反人間中心主義
1968年世代のアートへの応答として位置づけ可能
もの派と 具体 の関係
具体(1954–1972):関西の前衛、身体性・パフォーマンス・色彩
もの派(1968–1975):東京の前衛、もの・場・関係
具体は身体的=動的、もの派は静的=呈示的
両者ともに既存ジャンルの解体を志向
もの派は具体の身体性を批判、より「もの」自体への注目
戦後日本アートの「動と静」の対極
もの派と欧米同時期運動
運動
時期
特徴
ミニマリズム(米)
1960年代
工業素材、幾何学、最小単位
アースワーク(米)
1960年代後半
大地そのものを素材化
アルテ・ポーヴェラ(伊)
1967–
貧しい素材、自然と人工の対話
コンセプチュアル・アート
1960年代後半
概念・言語・写真
もの派(日)
1968–
無加工の素材、場と関係
もの派の素材論
石:自然そのもの、加工なし
木:原木、無塗装
鉄板・鉄線:工業素材だが最小限の介入
土:大地そのもの
綿・紙:脆さと自然性
水・油:流動性と物質性
「素材=完成品」の徹底
李禹煥美術館(直島)
2010年、香川県直島に開館
建築:安藤忠雄
李禹煥の絵画・彫刻を恒久展示
「関係項」シリーズの大規模屋外設置
ベネッセアートサイト直島の主要施設
世界中から美術ファンが訪れる聖地
運動の収束と継承
1975年頃、もの派の運動的性格は収束
各作家は個人として活動継続
関根:「位相—大地」の延長線で「空相」シリーズ
李:絵画「点より」「線より」「対話」シリーズへ展開
菅:もの派の継続者として最も精力的
小清水:彫刻家として独自展開
運動から「個人」へ、しかしもの派的探求は継続
後継世代への影響
1980–90年代の日本現代アートに大きな影響
宮島達男のデジタル数値作品も、もの派の「もの」概念を継承
東京藝術大学・武蔵野美術大学などで教員として後進指導
韓国の李禹煥は単色画運動(タンセクファ)にも影響
欧米の若手作家のミニマリズム継承で参照される
もの派は1970年代日本アートの基準点
国際評価の確立
1986年「前衛の日本 1910–1970」展(ポンピドゥー)でもの派紹介
2000年代、欧米でもの派個別作家の個展が連続
2012年「もの派—再考」(国立新美術館)で国内的総括
2012–13年 LACMA「Requiem for the Sun」で国際的総括
2014年グッゲンハイム美術館で李禹煥個展
もの派は戦後世界アートの正史に組み込まれる
主要所蔵館
東京国立近代美術館:もの派作家の代表作多数
国立新美術館:2012年「もの派—再考」展の主催館
国立国際美術館(大阪):菅木志雄ら多数
東京都現代美術館:関根「位相—大地」再制作
李禹煥美術館(直島):李の専門館
LACMA、ニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー、テート・モダン
主要研究文献
峯村敏明『彫刻の呼び声』(1990):もの派の早期理論
李禹煥『出会いを求めて』(1971)
千葉成夫『現代美術逸脱史 1945–1985』(1986)
『もの派—再考』展カタログ(2012)
『Requiem for the Sun: The Art of Mono-ha』カタログ(2012)
まとめ|もの派を読む視点
1968年関根伸夫「位相—大地」が出発点
李禹煥が理論的指導者、「もの・場・出会い」
無加工の素材、最小限の介入、関係性の呈示
東洋思想と西洋現象学の独自融合
欧米ミニマリズム・アースワークと並ぶ戦後世界アートの起点
あわせて 戦後日本現代美術の全体像 や もの派タグ を読むと、戦後日本アートの世界的位置が立体的に見えてきます。
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