具体美術協会(具体)とは:1954 年吉原治良が結成した戦後アヴァンギャルド集団
具体美術協会(ぐたいびじゅつきょうかい、Gutai Art Association、通称「具体」)は、1954 年(昭和 29 年)に大阪・芦屋を拠点として、画家・吉原治良(1905-1972)が結成した前衛美術集団である。発足時の中心メンバーは、吉原のもとに集まった若い関西の作家たち:白髪一雄、嶋本昭三、田中敦子、村上三郎、元永定正、金山明、山崎つる子、堀尾貞治ら。1972 年に吉原の急逝で解散するまで、約 18 年間にわたって絵画・彫刻・パフォーマンス・インスタレーション・舞台芸術を横断的に展開した。
具体の革新性は、戦後日本のアヴァンギャルドとして身体・物質・行為そのものを作品化した点にある。これは欧米の抽象表現主義・アンフォルメルとほぼ同時期に、独立に到達した先駆的試みであり、1990 年代以降、グッゲンハイム美術館(NY)など世界の主要美術館で大規模回顧展が開催され、戦後日本美術の世界的再評価の中心となった。
主要トピック:3 期の活動
第 1 期:物質との格闘(1954-1957)
吉原治良は若いメンバーに「人のまねをするな」「これまでに無かったものをつくれ」と訓示した。これに応えるかたちで、白髪一雄(1924-2008)は天井から綱を吊って身体を振り子のようにしながら足で絵具を画面にのばす「足で描く絵画」、嶋本昭三(1928-2013)は瓶詰めの絵具を画面に投擲して破裂させる「絵を投げる」、村上三郎(1925-1996)は紙を破ってアトリエに突入する「紙破り」(1956)といった、行為そのものを作品とする創作を展開した。
第 2 期:国際展開とアンフォルメル(1957-1965)
1957 年、フランスの批評家ミシェル・タピエ(アンフォルメル理論家)が来日して具体を「東洋のアンフォルメル」と紹介、欧米市場に紹介された。1958 年ニューヨーク「マーサ・ジャクソン画廊」、1959 年トリノ画廊で展覧会を開催し、欧米現代美術と直接接続した。一方、田中敦子(1932-2005)は「電気服」(1956)で電球と色のついたチューブで作った服を着てパフォーマンス、金山明(1924-2006)はラジコン玩具で絵を描く実験を行うなど、メディア・テクノロジーへの実験的アプローチも進んだ。
第 3 期:機関誌『具体』とテクノロジー(1965-1972)
1955 年から 1965 年にかけて、機関誌『具体』を 14 号刊行。これは Mail Art の先駆としても評価され、ジャクソン・ポロック、アラン・カプロー、ジャン・ティンゲリーら世界のアヴァンギャルド作家に直接郵送された。1967 年、グタイ・ピナコテカ(GUTAI PINACOTHECA)を吉原が大阪・中之島に開設し、活動の拠点を整備した。1972 年、吉原治良の急逝により集団は解散した。
代表作家と代表作
| 作家 | 生没 | 代表作・代表行為 |
|---|---|---|
| 吉原治良 | 1905-1972 | 「円」連作 / 集団の理論的指導者 |
| 白髪一雄 | 1924-2008 | 足で描く絵画(フット・ペインティング) |
| 嶋本昭三 | 1928-2013 | 絵を投げる「シューティング・ペインティング」 |
| 田中敦子 | 1932-2005 | 電気服 / カラフルな円と線の絵画 |
| 村上三郎 | 1925-1996 | 紙破り(1956) |
| 元永定正 | 1922-2011 | 絵具の流動・滲みを主題とする絵画 |
| 金山明 | 1924-2006 | ラジコン玩具による絵画 / 田中敦子の夫 |
| 山崎つる子 | 1925-2019 | ブリキを支持体とする立体絵画 |
| 堀尾貞治 | 1939-2018 | 「絵画と空間」のパフォーマンス |
| 松谷武判 | 1937- | 樹脂・接着剤による盛り上がる絵画 |
技法・特徴
- 身体性と画面:白髪は足、嶋本は投擲、村上は紙突破と、画面と身体の物理的接触を作品の本質とした。これはポロックのドリッピングと同時期に、独立に到達した「アクション・ペインティング」の極東版である。
- 物質の自律性:絵具・紙・水・電気・ブリキ・樹脂など、素材そのものの物理特性を画面に直接立ち上げる。これは後のもの派とも問題意識を共有する。
- パフォーマンス・舞台:「具体美術小屋(ぐたい・ピナコテカ)」での展示、屋外(芦屋公園など)での「具体美術野外展」、舞台芸術「ぐたい・アートステージ」(1957)など、現場性を強調する展示形式を発展させた。
- 集団としての制作:個人作家としてではなく「具体」という集団として活動することで、戦後日本社会における新たな共同体実験ともなった。これは1970年代以降の現代美術の集合的活動(もの派、ハイレッド・センターなど)の先行モデル。
- 機関誌『具体』:14 号刊行、Mail Art の先駆例として、世界のアヴァンギャルド作家へ国際郵送。これは「展覧会会場に来なくても作品が届く」という Mail Art / Network Art の重要な先行例。
「具体美術野外展」と「具体ピナコテカ」
具体は屋外空間と独自の展示拠点を積極的に活用したことで、ホワイトキューブ型ギャラリーに収まらない展示形式を開拓した。1955 年と 1956 年の二度開催された「真夏の太陽にいどむ野外モダンアート実験展」(兵庫・芦屋公園、通称「具体美術野外展」)は、屋外で作品を展示するという当時としては画期的な試みで、太陽光・風・雨・虫の音と作品の対話そのものを企画の中心に据えた。1956 年には小野田セメントの工場跡地でも野外展を開催し、産業空間と前衛美術の出会いという 21 世紀的なテーマを半世紀以上前に先取りした。1962 年に大阪・中之島に開設された「グタイ・ピナコテカ(GUTAI PINACOTHECA)」は、具体専門のギャラリーとして年間複数の個展・グループ展を組織し、機関誌『具体』の発行拠点ともなった。これらの活動は、後の現代美術における「アート・スペース運営」「アーティスト・ラン・ギャラリー」のモデルとなり、現代の地方型アートプロジェクトの直接の前提となっている。
歴史的文脈:戦後関西の自由
具体が大阪・関西圏で成立した背景には、戦後関西の特殊な文化的自由がある。東京が戦後の中央集権的アカデミズムの再構築に向かう中で、関西は伝統的に商業文化と前衛文化が混在し、中央との距離感が独自の自由を生んでいた。吉原治良は油絵商「吉原製油」の経営者であり、画家としても活動する珍しい立場で、弟子たちに経済的支援を提供できる稀有な指導者だった。さらに、芦屋・大阪・神戸の都市文化、関西モダニズムの蓄積(須田国太郎・上山二郎ら)、京都画壇との対抗関係などが、具体の自由な実験を支えた。具体は戦後日本美術における「東京中心主義」への対抗例として、現代まで象徴的な意味を持ち続けている。
影響・後世
- 欧米現代美術との同時代性:1990 年代以降、具体は抽象表現主義、フルクサス、ハプニング、アクショニズムと並ぶ世界アヴァンギャルドの一翼として再評価された。
- 1990 年代以降の世界的再評価:1994 年「Japon des Avant-gardes 1910-1970」(パリ・ポンピドゥー・センター)、2013 年「Gutai: Splendid Playground」(NY・グッゲンハイム美術館)、2018 年「The Avant-Garde, the State, and the People」(ベルリン)など、世界主要美術館で大型回顧展が開催され、具体は戦後日本美術の世界的代表として確立した。
- 大阪市立近代美術館・芦屋市立美術博物館:両館は具体の主要コレクションを擁し、研究・展示の中心拠点となっている。
- 後続世代への影響:李禹煥らもの派、村上隆スーパーフラット、現代パフォーマンス・アートまで、具体の身体性・物質性・集団性は連綿と参照され続ける。
- 美術市場での評価:白髪一雄、嶋本昭三、田中敦子の作品は、2000 年代以降、欧米オークションで高額取引され、戦後日本美術の市場価値を象徴する作家群となった。
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- カテゴリ:現代日本(戦後〜)
続けてもの派 hub を読むと、具体が開いた身体性・物質性のテーマが、1968 年以降の東京でどう次の段階へ展開したかが分かる。
