このページは「アーモリー・ショー 1913」(event-armory-show-1913)タグの全体ガイドです。アーモリー・ショー(International Exhibition of Modern Art, 1913)は、ニューヨークの第69連隊兵器庫で開催されたアメリカ初の本格的近代美術国際展で、米国美術史を二分するエポックとして知られます。
アーモリー・ショー 1913 とは何か
アーモリー・ショーの正式名称は「国際近代美術展(International Exhibition of Modern Art)」。1913年2月17日から3月15日まで、ニューヨーク・レキシントン街の第69連隊兵器庫(Armory)で開催されました。米国美術家・彫刻家協会(AAPS)が主催し、欧米の作家約300人、出展作品1,300点を集めた、当時の北米で類を見ない大規模な国際展でした。
- 会期:1913年2月17日〜3月15日(NY会場)
- 会場:第69連隊兵器庫(25th Street and Lexington Ave)
- 巡回:シカゴ・ボストン
- 来場者:NYで約88,000人、シカゴ・ボストン含め約25万人
- 主催:米国美術家・彫刻家協会(AAPS)
アーモリー・ショーの主要トピック
1. 開催の経緯
1911年、米国美術家・彫刻家協会が結成され、アーサー・B・デイヴィスを会長に、ウォルト・クーン・ウォルター・パッハらが企画委員となりました。彼らは欧州の前衛運動を全面的に紹介することを目的に、ロンドン・パリ・ベルリンを巡回し、出展交渉を進めました。これは米国美術界の保守的アカデミズムへの反旗を意味する試みでした。
2. 出展構成と「二部構成」
展示は大別して、米国作家の現代作品と欧州近代美術の歴史的展望の二部構成でした。後者では、ドラクロワ・コロー・クールベ・モネ・セザンヌ・ファン・ゴッホ・ゴーギャン・マティス・ピカソ・デュシャンらが紹介され、米国観衆は19世紀後半〜20世紀初頭の前衛美術を初めて系統的に体験しました。
3. 『階段を降りる裸体 No.2』の衝撃
展覧会の話題を独占したのがマルセル・デュシャンの『階段を降りる裸体 No.2』(1912)です。キュビスムと未来派の融合で運動を分解した本作は、新聞の風刺漫画で「タイル工場の爆発」と揶揄されるほどの議論を呼び、近代美術の象徴的事件となりました。
4. マティスとフォーヴィスムへの非難
アンリ・マティスの『青い裸婦(ビスクラの思い出)』(1907)は、シカゴ巡回時に美術学校生たちが模型を焼く焚刑パフォーマンスまで起こすほどの拒絶反応を受けました。フォーヴィスムの野性的色彩は当時の米国観衆には過激すぎたのです。
5. 米国美術への影響
展覧会後、米国の収集家アルフレッド・スティーグリッツのギャラリー「291」を中心に、ジョージア・オキーフ、マースデン・ハートリー、アーサー・ダヴらアメリカ近代主義の作家が登場しました。コレクターのジョン・クィンも欧州近代美術の積極的収集を始め、アーモリー・ショーは米国の近代美術コレクションと批評の基盤を生みました。
6. メディア・市民・批評の反応
セオドア・ルーズベルト元大統領は会場を訪れ「実に非常に興味深い」とコメントしつつ、キュビスムを「精神病院の壁紙」と評しました。一方で『ニューヨーク・タイムズ』『アウトルック』誌は本格的な批評を掲載し、米国の美術ジャーナリズムのレベルを格段に押し上げました。
7. シカゴ・ボストン巡回
NY会期後、シカゴ美術館(3-4月)、ボストン(4-5月)に巡回。シカゴでは美術学校生のマティス・ブランクーシへの抗議行動が起き、「アーモリー・スキャンダル」と呼ばれる文化事件となりました。
主要出展作家
| 作家 | 作品(代表) | 備考 |
| セザンヌ | 水浴の女たち 等 | 米国でのセザンヌ評価の起点 |
| ファン・ゴッホ | セルフ・ポートレート 等 | 米国本格紹介 |
| ゴーギャン | タヒチ連作 | 象徴主義の紹介 |
| マティス | 青い裸婦 | 過激なフォーヴィスム |
| ピカソ | キュビスム作品 | 米国本格紹介 |
| デュシャン | 階段を降りる裸体 No.2 | 展覧会の象徴的話題作 |
| ブランクーシ | ミューズの肖像 等 | 抽象彫刻の紹介 |
| カンディンスキー | 即興 27 | 抽象絵画の本格紹介 |
アーモリー・ショーの歴史的意義
- 米国近代美術の元年:以前と以降で米国美術が二分される転換点
- 市場の創生:欧州近代美術の米国市場・コレクションが本格始動
- 批評の進化:米国美術ジャーナリズムが成熟する契機
- 欧州モダニズムの紹介:印象派〜キュビスムが包括的に提示
- 抽象表現主義への伏線:戦後ニューヨーク派の地ならし
- 美術館コレクションの基礎:MoMA創設(1929)の精神的前史
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続けてキュビスムタグとデュシャンのレディメイド衝撃を読むと、アーモリー・ショーが米国を近代美術の中心地に変えた決定的事件であったことが立体的に把握できます。