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岡本太郎と太陽の塔|「芸術は爆発だ」と万博で叫んだ、1970年大阪万博のシンボル

岡本太郎(おかもと たろう、1911–1996)は、戦後日本を代表する芸術家・思想家で、1970年 大阪万博のシンボル「太陽の塔」を制作したことで広く知られています。

パリ留学時代(1929–1940)にピカソ、シュルレアリスム、抽象主義に触れ、後に アンドレ・ブルトンの超現実主義サークル、ジョルジュ・バタイユの「コレージュ・ド・ソシオロジー」に参加。戦後日本で「対極主義」を提唱し、絵画・彫刻・パブリック・アート・著作活動と多面的に展開しました。

芸術は爆発だ」「芸術は呪術である」「今日の芸術は、うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」など強烈な言葉と、縄文土器・沖縄・東北の文化への深い眼差しで、戦後日本人に独自の影響を残しました。1996年没後も、2011年生誕100年を契機にブームが再燃、現在は日本の 現代アート 史の中心人物として再評価されています。

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岡本太郎の生涯

事項
1911 神奈川県橘樹郡(現川崎市)に漫画家・岡本一平、歌人・かの子の長男として生まれる
1929 東京美術学校(後の東京藝術大学)西洋画科入学、同年パリへ
1932 パリのアブストラクション・クレアシオン協会会員(カンディンスキー、モンドリアンと並ぶ)
1936 ピカソ「ゲルニカ」に衝撃、シュルレアリスムへ接近
1937 ジョルジュ・バタイユのコレージュ・ド・ソシオロジーに参加
1938 パリ大学で民族学を学ぶ(マルセル・モースに師事)
1940 ドイツ軍パリ占領前に帰国
1942–1946 応召、中国戦線へ、戦後はソ連抑留
1947 復員後、「夜会」で対極主義を提唱
1951 東京国立博物館で縄文土器に開眼
1954 『今日の芸術』ベストセラー
1956 『日本の伝統』刊行
1959 沖縄・久高島取材、『沖縄文化論』へ
1970 大阪万博「太陽の塔」公開
1996 東京で没。享年84

パリ時代の岡本

  • 1929年、18歳でパリへ、約11年間滞在
  • 当初は ピカソ 抽象とシュルレアリスムを学ぶ
  • 1932年「アブストラクション・クレアシオン」協会会員、カンディンスキー・モンドリアン・ヴァントンゲルロらと並ぶ
  • 1936年ピカソ「ゲルニカ」に衝撃、抽象から離脱
  • 1937年バタイユのコレージュ・ド・ソシオロジー参加、神聖・暴力・供儀を学ぶ
  • マルセル・モースに民族学を学ぶ、後の縄文・沖縄論の基礎

戦後と「対極主義」

  • 1940年パリ陥落前に帰国、応召・抑留を経て1946年帰国
  • 1947年「夜会」(東京)で対極主義を提唱
  • 「対極主義」:抽象と具象、合理と非合理、伝統と前衛を対立のまま統合
  • 「美しいか美しくないかではなく、生きているかどうか」
  • 戦後日本前衛アートの理論的指導者として活動
  • 「アヴァンギャルド芸術研究会」「世紀の会」設立

縄文土器の発見

  • 1951年、東京国立博物館で 縄文土器 に出会い衝撃
  • 1952年『みづゑ』に「四次元との対話—縄文土器論」発表
  • 「縄文の美こそ日本の本流」
  • 当時、縄文土器は考古学的資料に過ぎず、美術的評価はなかった
  • 岡本の宣言で日本美術史が書き換えられる転機
  • 『日本の伝統』(1956)で縄文・弥生・神道・仏教を総合的に論じる

沖縄・東北への眼差し

  • 1959年初めての沖縄取材、久高島で「神の島」のイザイホー祭を体験
  • 1961年『沖縄文化論』刊行、毎日出版文化賞
  • 1962年東北取材、岩手・秋田の民俗信仰
  • 「日本の本質は沖縄と東北にある」
  • 中央集権的「日本」観への根本的批判
  • 柳田國男・宮本常一の民俗学とは異なる「芸術家の眼」

1970年大阪万博と「太陽の塔」

  • 1970年「日本万国博覧会」(大阪・千里)テーマ「人類の進歩と調和」
  • 岡本太郎は テーマ展示プロデューサーに就任
  • 建築家・丹下健三設計の「お祭り広場」大屋根を内側から突き破る形で「太陽の塔」配置
  • 高さ70m、底径20mの巨大彫刻
  • 4つの顔:頂部「黄金の顔」(未来)、正面「太陽の顔」(現在)、背面「黒い太陽」(過去)、地下「地底の太陽」
  • 制作期間2年、鉄筋コンクリート+FRPの構造
  • 万博のシンボルとして6,400万人が来場

「太陽の塔」内部・生命の樹

  • 塔の内部は地下から頂部まで吹き抜け、巨大な 「生命の樹」のオブジェ
  • 高さ41mの樹に、生命の進化(原生動物→恐竜→人類)の模型292体
  • 地下展示「いのり」と接続、観客は塔内をエスカレーターで上昇
  • 万博閉幕後、内部は閉鎖
  • 2018年3月、半世紀ぶりに 恒久公開再開
  • 復元には岡本の遺族・川崎市岡本太郎美術館・大阪府が協力

万博後の「太陽の塔」

  • 万博閉幕後、当初は撤去予定
  • 市民・建築家からの反対運動で残存決定
  • 万博記念公園のシンボルとして現在も大阪のランドマーク
  • 2011年、登録有形文化財に指定
  • 2018年、内部・生命の樹の常時公開開始(要予約)
  • 2020年「太陽の塔」50周年、各種記念展

「芸術は爆発だ」

  • 1981年、マクセル・ビデオテープのCM出演で「芸術は爆発だ」
  • 正確には「芸術は爆発だ。瞬間瞬間、生命の燃焼として」
  • 大衆的なフレーズとして広まる
  • 「うまくあってはならない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない」
  • 『今日の芸術』(1954)の核心命題
  • 戦後日本人に最も知られた芸術家の言葉

主要作品(万博以外)

  • 「重工業」(1949):戦後の代表的絵画
  • 「森の掟」(1950):シュルレアリスムと縄文性の融合
  • 「明日の神話」(1968):原爆を主題にした壁画、現在JR渋谷駅構内に恒久展示
  • 「マンモス像」「金山母子像」「未来を見つめる人」など各地のパブリック・アート
  • 「TARO」のサインで知られる落書き的書
  • 絵画・彫刻・陶器・写真・著作と多面的

「明日の神話」(1968)

  • 本来はメキシコシティのホテル・ニューエスペランサ向け壁画
  • 第五福竜丸ビキニ被曝事件(1954)を主題化
  • 幅30m×高さ5.5mの大型壁画
  • ホテル経営破綻で行方不明に
  • 2003年メキシコの倉庫で発見、修復
  • 2008年JR渋谷駅構内に恒久設置
  • 渋谷駅のシンボル、「太陽の塔」と並ぶ岡本の二大代表作

著作活動

  • 『今日の芸術』(1954、光文社):戦後芸術論のベストセラー
  • 『日本の伝統』(1956):縄文・弥生・神道・仏教の総合論
  • 『沖縄文化論』(1961):毎日出版文化賞
  • 『美の呪力』(1971):芸術と呪術の関係
  • 『岡本太郎が撮った日本』:1950–60年代の民俗写真集
  • 『岡本太郎全集』全9巻(講談社)

岡本かの子・一平と岡本太郎

  • 父・岡本一平(1886–1948):朝日新聞社の漫画記者、明治大正期のスターマンガ家
  • 母・岡本かの子(1889–1939):歌人・小説家、川端康成と並ぶ昭和文学の女性作家
  • 幼少期から芸術家家庭で育ち、両親と渡欧
  • 母・かの子の早世(1939、岡本太郎パリ滞在中)が深い影響
  • 「私の生命は両親から始まり、太郎へと続く」
  • 家系の芸術的伝統と独自展開

敏子夫人と没後の継承

  • 1948年、岡本敏子(旧姓・平野、1926–2005)と出会う
  • 敏子は岡本の秘書・養女、後に事実上の妻
  • 1996年岡本没後、敏子が遺作・遺品を管理
  • 1996年、川崎市岡本太郎美術館設立に尽力
  • 1998年、東京・南青山に岡本太郎記念館(旧アトリエ)開館
  • 2005年敏子没後、岡本太郎記念現代芸術振興財団が継承

川崎市岡本太郎美術館

  • 1999年、川崎市の生田緑地に開館
  • 岡本太郎の作品約2,000点を所蔵
  • 2,000人収容のシンボルタワー「母の塔」(高さ30m)
  • 絵画・彫刻・著作・資料を総合的に展示
  • 定期的に大規模特別展
  • 毎年「岡本太郎現代芸術賞」(TARO 賞)を主催、若手作家の登竜門

岡本太郎記念館(南青山)

  • 1998年、東京・南青山の岡本旧居・アトリエを記念館として公開
  • 坂倉準三設計のモダニズム建築
  • アトリエに残されたままの絵画、彫刻、絵具
  • 庭にはオブジェ「動物像」など
  • 都心の岡本太郎体験の場として人気
  • カフェ「ア・ピース・オブ・ケイク」併設

没後の再評価

  • 1996年没後、しばらく「大衆的・キッチュ」と評価が下落
  • 2005年、敏子没後の遺品整理で再評価開始
  • 2011年、生誕100年で全国巡回大展覧会
  • 2011年TARO 100祭:太陽の塔・明日の神話を中心としたブーム
  • 2018年太陽の塔内部公開で更なる注目
  • 現在は戦後日本美術の中心人物として確立

岡本太郎の影響

  • 戦後日本の「縄文」「沖縄」「東北」再評価の起点
  • 赤瀬川原平、横尾忠則ら戦後アーティストへの影響
  • 松本俊夫、大島渚らアングラ映画への影響
  • 現代美術における民俗・呪術主題の先駆
  • 「TARO 賞」を通じた若手育成
  • 大衆と前衛の橋渡し、「アーティスト=知的指導者」のモデル

まとめ|岡本太郎と太陽の塔を読む視点

  • パリで抽象とシュルレアリスム、戦後日本で対極主義
  • 1951年縄文土器の発見、沖縄・東北への眼差し
  • 1970年大阪万博「太陽の塔」が代表作、現在も大阪のランドマーク
  • 「芸術は爆発だ」「うまくあってはならない」の戦後芸術論
  • 2018年太陽の塔内部公開、現在は戦後アート史の中心人物

あわせて 戦後日本現代美術の全体像具体もの派 を読むと、岡本太郎の独自の位置が立体的に見えてきます。

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