戦前の前衛美術|MAVO・三科・行動から自由美術家協会まで、昭和初期の実験運動の系譜
戦前の前衛美術(せんぜん の ぜんえいびじゅつ)は、大正末(1920 年代前半)から昭和戦前(1930 年代)にかけて、日本で展開した実験的・反アカデミズム的な美術運動の総称です。
欧州の ダダ、構成主義、シュルレアリスム、表現主義、抽象絵画を急速に受容し、二科会・帝展のアカデミズムや伝統的日本画に対する反逆として、十数の前衛グループが興亡しました。
1930 年代後半に特別高等警察(特高)による思想弾圧と戦時下の表現規制が強まり、多くの前衛芸術家は 転向を余儀なくされ、戦争画制作や活動停止に追い込まれます。戦前前衛は完成された運動ではなく、挫折と転向の歴史として戦後現代美術に深い影を落としました。
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戦前前衛美術の時代区分
| 時期 |
主要運動 |
特徴 |
| 1920–1923 |
第 1 期:個人実験 |
欧州留学組がダダ・キュビスムを輸入 |
| 1923–1925 |
第 2 期:MAVO・三科 |
関東大震災後の前衛グループ形成 |
| 1925–1929 |
第 3 期:分裂と再編 |
プロレタリア美術と前衛の分岐 |
| 1930–1935 |
第 4 期:シュルレアリスム |
美術文化協会、創紀美術協会 |
| 1935–1941 |
第 5 期:自由美術家協会 |
抽象とシュルの統合 |
| 1941–1945 |
第 6 期:弾圧と転向 |
特高弾圧、戦争画への動員 |
欧州前衛の輸入と先駆者
- 有島生馬:欧州留学でセザンヌ・キュビスムを紹介
- 萬鉄五郎(1885–1927):「もたれて立つ人」(1917)でキュビスム的人物
- 古賀春江(1895–1933):シュルレアリスムを日本に導入
- 柳瀬正夢(1900–1945):プロレタリア美術と前衛の架橋
- 東郷青児(1897–1978):パリで未来派と接触、後の二科会重鎮
- 戦前前衛は欧州留学組の個人実験から始まる
MAVO(マヴォ、1923)
- 1923 年 7 月、東京で結成された前衛グループ
- 創設:村山知義(1901–1977)、尾形亀之助、大浦周蔵、柳瀬正夢、門脇晋郎
- 名称は無意味な造語、ダダの精神を体現
- 絵画・彫刻・印刷・舞台・舞踊・建築の総合芸術運動
- 機関誌『MAVO』全 7 号刊行
- 関東大震災(1923.9)の直後、瓦礫の上で展覧会を強行
- 反美術館・反アカデミーの反逆姿勢
- 1925 年解散、約 2 年の短命だが影響は絶大
村山知義と「意識的構成主義」
- 1922 年ベルリン留学、構成主義・ダダ・表現主義を吸収
- 1923 年帰国、銀座で 「意識的構成主義的小品展」を開催
- 絵画にコラージュ、貨幣、ボタン、髪の毛を貼り込む
- 「絵画はもはやキャンバスではない」
- 後に演劇に転向、築地小劇場・新協劇団で活動
- 戦後はプロレタリア演劇の中心人物に
三科造形美術協会(1924–1925)
- 1924 年結成、MAVO・アクション・未来派の合同
- 創設:神原泰、横山潤之助、村山知義、矢部友衛ら
- 絵画・彫刻・建築・舞台の総合的前衛運動
- 1925 年「三科展」で公開、ダダ風のパフォーマンス
- 翌 1925 年内部分裂で解散
- 分派:造形(プロレタリア美術寄り)、単位三科(純粋前衛)
関東大震災と前衛の出現
- 1923 年 9 月 1 日、関東大震災で東京壊滅
- 美術館・画廊・展覧会場の物理的破壊
- 既存の制度の崩壊が前衛の発露を加速
- 瓦礫を背景にしたパフォーマンスとインスタレーション
- 「美術」概念そのものの再定義
- 震災と前衛は密接に結合した同時代現象
シュルレアリスムの導入
- 1929 年、福沢一郎(1898–1992)が留学先のパリでマグリット・エルンストに接触
- 1931 年帰国、シュルレアリスム絵画を本格紹介
- 古賀春江「海」(1929):日本初の本格的シュルレアリスム絵画
- 瀧口修造(1903–1979):詩人・評論家、シュルレアリスムの理論的支柱
- 1937 年「美術文化協会」結成、福沢一郎・北脇昇・浅原清隆ら
- シュルレアリスムは日本前衛の中核流派に
自由美術家協会(1937)
- 1937 年結成、抽象絵画とシュルレアリスムの統合を目指す
- 創設:村井正誠、長谷川三郎、瑛九、山口薫、矢橋六郎ら
- 機関誌『自由美術』を発行
- 欧米の最新前衛動向を紹介
- 1944 年「自由美術協会」と改称(戦時下の言葉狩り回避)
- 戦後、自由美術協会・モダンアート協会に分裂
新造形美術協会と抽象
- 1937 年、村井正誠ら欧州留学組が新造形美術協会結成
- カンディンスキー、モンドリアン、バウハウスの紹介
- 戦前日本の純粋抽象絵画の中核
- 主要作家:村井正誠、長谷川三郎、瑛九、難波田龍起
- 後に自由美術家協会と合流
プロレタリア美術運動との緊張
- 1929 年「日本プロレタリア美術家同盟(PP)」結成
- 柳瀬正夢、岡本唐貴、矢部友衛、永田一脩らが中心
- マルクス主義に基づく階級闘争の美術
- 前衛美術(個人実験・形式主義)と対立
- MAVO 系の村山知義は後にプロレタリア演劇へ転向
- 1934 年プロレタリア美術同盟は治安維持法で解散
特高弾圧と転向
- 1925 年治安維持法、1928 年改正で「国体変革」処罰
- 1932 年プロレタリア美術家同盟員大量検挙
- 1941 年「シュルレアリスム事件」:福沢一郎、瀧口修造ら検挙
- シュルレアリスム=共産主義との拡大解釈での弾圧
- 多くの前衛作家が転向、戦争画制作へ動員
- 瀧口修造は活動停止、戦後再開
戦争画と前衛の屈折
- 1937 年日中戦争開戦、1939 年第二次世界大戦勃発
- 陸海軍嘱託作戦記録画の制作命令
- 福沢一郎、宮本三郎、小磯良平、藤田嗣治ら前衛作家も動員
- 1944 年文部省「戦時特別文展」で戦争画一色に
- 抽象・シュルレアリスムの公開発表ほぼ不可能に
- 戦前前衛運動は事実上停止
主要作家と代表作
| 作家 |
運動 |
代表作 |
| 村山知義 |
MAVO |
「サディスティッシュな空間における踊り」 |
| 萬鉄五郎 |
個人 |
「裸体美人」「もたれて立つ人」 |
| 古賀春江 |
シュル |
「海」「煙火」「窓外の化粧」 |
| 福沢一郎 |
美術文化協会 |
「他人の恋」「敗れた選手」 |
| 北脇昇 |
美術文化協会 |
「クォ・ヴァディス」「空港」 |
| 瑛九 |
自由美術 |
フォトコラージュ・抽象 |
| 長谷川三郎 |
新造形美術 |
「カモシカ」「題知らず」 |
| 柳瀬正夢 |
MAVO→PP |
新聞挿絵、政治風刺画 |
地方の前衛運動
- 大阪:難波田龍起、吉原治良ら(戦後 具体美術協会 へ)
- 京都:北脇昇、川口軌外
- 名古屋:山本鼎、戸張幸男
- 福岡:松本竣介、糸園和三郎
- 東京一極集中ではなく、地方の前衛グループも活動
女性前衛作家
- 長谷川春子(1895–1967):抽象・シュル
- 桂ユキ子(1913–1991):戦後にも活動継続
- 三岸節子(1905–1999):女性作家として独立美術協会で活躍
- 戦前前衛は男性中心、女性は少数
- 戦後 1950 年代に女性作家の本格進出
機関誌・出版物
- 『MAVO』(1924–1925、全 7 号):MAVO 機関誌
- 『詩と詩論』(1928–1933):モダニズム文学、瀧口修造ら美術評論を寄稿
- 『みづゑ』『アトリエ』:美術雑誌で前衛を紹介
- 『美術文化』(1939–):美術文化協会機関誌
- 『自由美術』:自由美術家協会機関誌
戦前前衛の歴史的評価
- 戦時下:抑圧と忘却
- 戦後:前衛運動の系譜として再評価開始
- 1960 年代:戦後現代美術との連続性として位置づけ
- 1990 年代以降:個別作家の本格的研究進展
- 近年:戦争画との関係を含めた総合的再検討
主要展覧会と研究
- 1986 年「アヴァンギャルドの世代 1910–1945」(神奈川県立近代美術館)
- 1995 年「日本の美術 1930 年代展」(東京国立近代美術館)
- 2005 年「揺らぐ近代」展(東京国立近代美術館)
- 2015 年「村山知義 劇的尖端」展(神奈川県立近代美術館)
- 2018 年「福沢一郎展」(東京国立近代美術館)
戦前前衛と戦後現代美術
- 1954 年「実験工房」結成、瀧口修造の指導下で戦後前衛の出発
- 1954 年 具体美術協会 結成、吉原治良の戦前前衛の延長
- 1960 年代 もの派、ハイレッドセンターらへ系譜継承
- 戦前の挫折と戦後の解放——日本前衛の連続と断絶
まとめ|戦前前衛美術を読む視点
- 大正末から昭和戦前にかけての多元的実験運動の総称
- MAVO・三科・美術文化協会・自由美術家協会の系譜
- ダダ・構成主義・シュル・抽象を急速に吸収
- 関東大震災と特高弾圧という二つの危機の中で展開
- 戦争画への動員と転向で挫折、戦後現代美術の前史となる
あわせて 戦前・戦中昭和美術の流れ や 戦後日本現代美術の全体像 を読むと、戦前前衛と戦後前衛の連続と断絶が立体的に見えてきます。
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