オセアニア美術とは:四領域に広がる造形伝統と現代アート
オセアニア美術は、オーストラリア大陸(アボリジナル)、メラネシア(パプアニューギニア・ソロモン諸島・ヴァヌアツ・ニューカレドニア・フィジー)、ポリネシア(ハワイ・タヒチ・サモア・トンガ・ニュージーランド・マオリ・イースター島)、ミクロネシア(マリアナ・カロリン・マーシャル諸島)の四つの広大な海洋地域に展開した、人類最古級の岩絵伝統から現代美術までを含む造形文化を指す。ゴーガンのタヒチ滞在(1891〜)以後、欧米モダニズムが繰り返しこの地域を参照し、20 世紀末以降は先住民アートが国際美術市場の重要セクターとなっている。
本サイトのオセアニアカテゴリは、オーストラリア・アボリジナルの岩絵・樹皮絵画・ドット・ペインティング、メラネシアの仮面・楯・男性集会所・ボディアート、ポリネシアの木彫・タパ布・モアイ・タトゥー、ミクロネシアの航海チャート・木彫、20 世紀の欧米モダニズムによる受容、現代先住民作家までを横断的に扱う。
主要トピック:4 つの領域
1. オーストラリア・アボリジナルの岩絵と現代運動
オーストラリア大陸の岩絵伝統は最古のもので 4 万年以上を遡る。北部アーネムランド地方のX 線様式(動物の内臓・骨を透視的に描く)、ブラッドショーの線描人物、カカドゥ国立公園の壁画群が代表。1970 年代初頭、中央オーストラリア・パプンヤ・トゥラの先住民学校で、教師ジェフリー・バードンの導入により、伝統的「ドリーミング」(夢の時の創世物語)の砂絵を、アクリル絵具と画材で平面作品に翻案する運動が始まり、世界的なドット・ペインティング運動に発展した。クリフォード・ポッサム・トジャパルテリ、エミリー・カングワレイ、ロヴァー・トーマスらが代表作家。
2. メラネシア:仮面と男性集会所
パプアニューギニアでは、セピック川流域の集会所(ハウス・タンバラン)と、その内部に保管・展示される祖霊仮面・楯・笛・男性結社祭具が高度に発達した。アスマット族(パプア南西部)の祖先柱(ビス・ポール)、イアトムル族の集会所、ニューアイルランドのマランガン儀礼用木彫、ヴァヌアツのランバル仮面など、内部に多様な造形伝統がある。多くは儀礼で着用・破壊・新調されるため、現存例は 19–20 世紀のもの。
3. ポリネシア:木彫・タパ・モアイ・タトゥー
ポリネシアは数千キロ離れた島々が共通祖型から派生した文化を持ち、(1)マオリ(ニュージーランド)の精緻な渦巻文を持つ木彫家屋装飾と緑色玉ヘイチキ、(2)ハワイの羽根製神像(クー神)と羽根マント、(3)タヒチ・サモア・トンガの樹皮布(タパ)、(4)イースター島(ラパ・ヌイ)のモアイ巨石像(約 900 体、最大 20 m・88 トン)、(5)全域に普及したタトゥー(語源は taũ taũ=「叩く」)が代表的造形である。
4. ミクロネシア:航海チャートと実用工芸
ミクロネシアでは、マーシャル諸島のスティック・チャート(小枝と貝殻で海流・うねり・島の位置を表す航海地図)、ヤップ島の石貨(ライ)、カロリン諸島の独木舟と帆走具、彫刻装飾された木製食器・カヌー船首装飾などの実用工芸が発達した。装飾性を抑えた幾何学的・機能的造形が特徴。
代表作・代表事例
| 領域・地域 | 作品・遺跡 | 所蔵・所在 |
|---|---|---|
| アボリジナル | カカドゥ国立公園岩絵群(世界遺産) | 北部準州・カカドゥ |
| アボリジナル | クリフォード・ポッサム「ワルピリ・ストーリー」 | 各所 |
| アボリジナル | エミリー・カングワレイ晩年色彩シリーズ | 各所 |
| メラネシア | セピック・イアトムル集会所柱彫刻 | 各所(ベルリン民族学博物館 他) |
| メラネシア | アスマット祖先柱(ビス・ポール) | メトロポリタン美術館マイケル・C・ロックフェラー翼 他 |
| メラネシア | ニューアイルランド・マランガン仮面 | 各所 |
| ポリネシア | マオリ集会所(マラエ)と渦巻文木彫 | ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ 他 |
| ポリネシア | ハワイ「クー神羽根像」 | ビショップ博物館・大英博物館 他 |
| ポリネシア | タヒチ・タパ布 | 各所 |
| ポリネシア | イースター島モアイ(ラパ・ヌイ・世界遺産) | イースター島/一部大英博物館(ホア・ハカナナイア像) |
| ミクロネシア | マーシャル諸島スティック・チャート | 各所 |
| ミクロネシア | ヤップ島石貨ライ | ヤップ島/各民族学博物館 |
| 近代受容 | ゴーガン「我々はどこから来たのか…」 | ボストン美術館 |
| 近代受容 | ゴーガン「タヒチの女たち」 | オルセー美術館 |
技法・特徴
- X 線様式:アーネムランドのアボリジナル岩絵では、動物の内臓・骨格・心臓を透視的に描く。狩猟と食料分配の儀礼的知識が視覚化されている。
- ドット・ペインティング:1971 年パプンヤで始まった現代運動。砂絵の点描パターンをアクリル絵具に翻案。各点は地理的場所・祖霊・聖地を表す象徴で、作家の所属クランの権利と密接に結びつく。
- マオリ渦巻文(コル):シダの新芽を抽象化した渦巻文。集会所の梁・船首・玉ヘイチキ・タトゥー(タ・モコ)に共通の文様体系として展開する。
- 羽根工芸:ハワイの神像・マント(アフ・ウラ)はオオハシモズなどの稀少な羽根を 50 万本単位で集めて制作される。王権の象徴で、戦闘では着用しない。
- タパ布:桑の樹皮を叩いて延ばし、植物染料で文様を描く非織布。ポリネシア全域で婚礼・葬礼・贈与儀礼に用いる。
- モアイ造像:ラノ・ララクの凝灰岩切り出し、専用採石場で粗加工後、数キロを陸路運搬し台座(アフ)に立てる。13–17 世紀に約 900 体が制作され、17 世紀末に倒される(モアイ戦争説と環境破壊説あり)。
- タトゥー:ポリネシア全域の身体装飾。マオリのタ・モコは顔面渦巻文で氏族・身分・系譜を表示する身体図像である。
影響と後世への継承
オセアニア美術は、(1)ゴーガンのタヒチ滞在(1891–1893、1895–1903)と近代西洋美術へのプリミティヴィスム導入、(2)ピカソ・マティス・モディリアーニの 20 世紀初頭オセアニア美術受容(パリ・トロカデロ民族博物館で接触)、(3)シュルレアリスムのアンドレ・ブルトン・マックス・エルンスト・ヴォルフガング・パーレンによるオセアニア美術コレクションと美学的再評価、(4)20 世紀後半の北米・ヨーロッパ現代美術市場でのアボリジナル現代アート流通、という多重の系譜で世界美術史に影響した。
主要コレクションは、ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ・ビショップ博物館(ハワイ)・オーストラリア国立美術館(キャンベラ)・国立アボリジナル芸術センター(アリス・スプリングス)・メトロポリタン美術館マイケル・C・ロックフェラー翼・ケ・ブランリ博物館(パリ)・大英博物館・ベルリン民族学博物館・国立民族学博物館(大阪)に分散している。
学び方ガイド:はじめてオセアニア美術を学ぶ人へ
オセアニアは地域も時代も広く、しかも多くは儀礼の文脈から切り離されて展示されるため、最初は文脈の理解が難しい。お勧めは(1)ゴーガンのタヒチ作品から始めて、19 世紀末ヨーロッパが受容した「南海楽園」イメージとその裏面(植民地主義)を確認すること。次に(2)イースター島モアイで巨石造形の到達点を、(3)マオリの集会所木彫とハワイの羽根神像でポリネシアの工芸美を、(4)セピック川集会所柱彫刻でメラネシアの祖霊造形を、(5)パプンヤのドット・ペインティングで現代先住民アートの出発点を体験する。これでオセアニア造形の射程が掴める。
よくある質問
Q. ゴーガンのタヒチ作品は本当にタヒチ文化を伝えているか
厳密にはそうとは言えない。ゴーガンが滞在した 19 世紀末タヒチは既にフランス植民地化が進み、伝統文化はキリスト教化と人口激減で大きく失われていた。ゴーガンの作品はマルケサス諸島・ジャワ島の図像借用や、自らの神話的解釈を多分に含む「想像のタヒチ」である。一方で、ポリネシア美術への欧米的注目を喚起し、結果的にポリネシア研究の起点になった逆説的な意義もある。
Q. ドット・ペインティングはなぜ象徴的か
1971 年パプンヤで始まった当初、年配の長老たちは砂絵の聖なる文様を西洋人の目に晒すことに抵抗があった。そこで点と点の間隔を詰めて文様を「読みにくく」する工夫が発明された。表面的には抽象的なパターンだが、各要素は祖霊の旅路・聖地・水場・狩猟経路を表す。作家は自らの所属クランの「ドリーミング」(祖型物語)のみを描く権利を持ち、他クランの文様を描くことは違反となる。
Q. モアイは誰が何のために造ったのか
13〜17 世紀、ラパ・ヌイ(イースター島)の各クランが、祖先の霊を象徴する記念碑として、ラノ・ララクの凝灰岩を切り出し台座(アフ)に立てた。後ろ向きに陸を見つめる配置で、海から島を守護する祖先霊の意味とされる。17 世紀末頃、すべてのモアイが意図的に倒されたが、その理由(クラン間戦争・宗教改革・森林破壊による生態系崩壊)には複数説ある。
Q. パプアニューギニアの集会所はどう機能していたか
セピック川流域のハウス・タンバラン(祖霊の家)は、男性のみが入ることを許される儀礼空間で、楯・仮面・笛・祭具が保管された。少年の通過儀礼(イニシエーション)の場でもあり、祖先と現世を媒介する造形が体系的に組織化されていた。1930 年代以降、キリスト教宣教と植民地行政により多くが解体されたが、一部地域では現代も継承されている。
鑑賞のチェックポイント
- 素材:木彫・樹皮絵画・タパ布・羽根・石彫(モアイ)・アクリル絵具(現代)。
- 地域:アボリジナル、メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアのいずれか(造形語彙が大きく異なる)。
- 機能:儀礼・祭具・記念碑・実用工芸・現代美術品のいずれか。
- 由来:植民地期の蒐集(多くは説明責任問題あり)、現地伝承、現代作家による現代制作のいずれか。
- クラン・系譜:先住民アートでは、特に作家の所属クランと描画権の関係が重要。
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続けて、欧米モダニズムによるオセアニア美術受容を読むなら西洋 19 世紀のゴーガンと20 世紀前半のシュルレアリスムに進むのが王道。並行する先住民造形を読むならアフリカ美術と南北アメリカ先住民と並べて、20 世紀美術の三大プリミティヴィスム源流を体系的に把握できる。
